2008年09月09日

保守的なんです

半年ぶりに行った美容院の雑誌でオリエンタル占星術とやらの記事を読む。私は「鬼宿」で、束縛を嫌い、放浪癖があり、新しいところで人とすぐなじむ…とか書いてあったが、当たってない。
私は自分はかなり保守的と思う。世間的価値について保守的とはいえないと思うが、自分の生活や境遇の変化には弱い。違う世界に飛び込んでいくのは苦手な方だ。人見知りもするし。

学校を出て堅実な仕事につき、普通に結婚して子供も生む、というごくあたりまえの生活を全然してこなかった私の言い草としては変に聞こえるかもしれないが…。


20代のころならこの占いを読んで「あたってる!」と思ったかもしれない。そのつもりでいたのだ。そういう自分でありたかったのだ。いまでもそれはある種の憧れの人物像ではある。
だから仕事をやめて海外放浪の真似事を試みたり、まあ好き勝手なことをやってはみたが、その結果、自分が本当には放浪はできないと思い知った。自分の拠点にいないとオドオドしてしまう。行った先を自分の新たな拠点となしえるほどのパワーもない。
真似事は体験としては悪くなかったが、not really my thingだったのである。

そんなこんなで若いころにふらふらしたが、英会話講師の仕事は20年続けているし、サンバも20年以上になる。一度は離婚しているとはいえ、前の相手とも12年は結婚していて、今の相手とはもうそれを越えようとしている。
若いころうっかりフラフラすることがなければ、それなりの会社とかできちんと業績をあげてひとかどのモノになっていたかも、経済的にももっとまともだったかもと思わなくもないが、フラフラののち中途半端なところに「いついて」それきり冒険も変化も求めなくなってしまったのである。やれやれ。

もっとも、「追加」は好きである。あたりまえだが変化のうち「失う」ことが嫌なので、失わずにさらに何かが加わるなら大歓迎。やっぱり単なる強欲か。
「失うからこそ得るものがある」とよく言われる。なにかを得たければ何かを手放せ、と。
でも私はそんな潔くなれない。本当に、手放そうとしないから得るものも少ないというのは自分の状況に照らしても真実だとは思うのだが。
でも、手放そうとしなくても嫌でももぎとられてしまうものもある。そういうときは、また新たなものがやってくるはずだ、という思いでなんとか踏みこたえる。

占いのうち、「束縛を嫌う」というのは当たっている。束縛されたら反射的に逃げると思う。でもそれが放浪とか執着のなさにつながるのではない。束縛は振り切るが、束縛されなければ、自分の自由に任されれば、その場からあまり動かない。小部屋に押し込められたら暴れるが、大部屋に放置されればさして動きもせずじっと座っているだろう。

幸いにしてあまり強い束縛を受けた経験もない。
嫌になるほど束縛されればあるいは爆発して放浪癖にも転化したかもしれないが、おおむね(親にも学校にも会社にも伴侶にも)自由にさせてもらっているので、かえってさしたる冒険をしないのである。


posted by おーゆみこ at 23:47| Comment(5) | TrackBack(0) | ■日々つれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おーゆみこさんの人生をちらと垣間見せてもらった気がします!
自由すぎても落ち着かないし、束縛されると離れたくなる・・・人によって幅はあっても、結局フーコーの振り子みたいな気がします。
おーゆみこさんみたいに、自分のことをよくわかって、居心地のよいところがわかる大人になりたいです(^^)
Posted by 杏里 at 2008年09月10日 21:29
自分で書いていても「つまらん」と思った、どーでもいいような書き込みに反応してくれてありがとう。
「自分のことをよくわかって、居心地のよいところがわかる」
いや、それをもっと若い(修正が効く)ころにできなかったからこのていたらくなわけで…。

しかし若い頃にそんなことをしっかり分かってしまったら、むしろもっとつまんない人生になってしまったかも、とも思わないでもない。
後悔しようと満足しようと、やりなおしはできないし、別のオプションの結果は永遠に分からないのだから、「後悔はしない」、ことに「決める」しかないんですけどね。
Posted by おーゆみこ at 2008年09月10日 23:31
こんにちは!
大部屋小部屋の比喩、よぉくわかります。そーそー、その通りです。
足るを知るとか居心地の良さとかを大事に思えるようになったのは、わりあい最近で、若いころはあがいていました。「こうありたい自分」とホンモノが違いすぎて。ここではないどこかに何かがあるような気がして。スポットライトを浴びたいとは思わなかったけど、B子ですね。
持っているものが少ない(と思っている)ので、「失うからこそ得るものがある」というフレーズにはよしてくれ、と思ってしまいます(^^;
Posted by 葉手名 at 2008年09月12日 17:50
こんにちは!
大部屋小部屋の比喩、よぉくわかります。そーそー、その通りです。
足るを知るとか居心地の良さとかを大事に思えるようになったのはわりあい最近で、若いころはあがいていました。「こうありたい自分」とホンモノが違いすぎて。ここではないどこかに何かがあるような気がして。スポットライトを浴びたいとは思わなかったけど、B子ですね。
持っているものが少ない(と思っている)ので、「失うからこそ得るものがある」というフレーズにはよしてくれ、と思ってしまいます(^^;
Posted by 葉手名 at 2008年09月12日 17:58
結局アレですね「ないものねだり」。それからなかなか脱することができないんです。
未だに…。
Posted by おーゆみこ at 2008年10月11日 22:55
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