2008年09月11日

私はミナト

それにしても、その「なかなか手放せない」性格のゆえに(?)サンバはかれこれ20年以上やっている。

とあるきっかけにより、1991年、私自身がサンバを始めて5年目だが今の新しいチームとしては初めての浅草出場になる年のビデオから、ずっと過去のビデオを見直してみた(DVDにダビングし直している)。

いろいろな意味で感慨深い。

その最初の年は、もう言ってみれば「なんちゃって」サンバで、打楽器隊とソロダンサーズしかいない。歌もなく、私もダンサーとして踊っていた。
それまで所属していた大きなチームから、諸事情により一部のメンバーが袂を別って作ったのがそのチームだった。母体だった大きなチームはその年もけっこう本格的に(とはいえ今のレベルからみたらやはり笑っちゃうようなものだが)その他のパレード要素であるアレゴリア(装飾山車)やアーラ(同じ衣装で踊るグループダンサーズ)もちゃんと持ち、歌もPAもちゃんとしている。
その年の我々は、それでも「ダンス賞」なる賞を頂いて、表彰式の壇上には私もタンガ(Tバックのサンバ衣装)着て登っている。
しかし、先輩諸チームをはるかに仰ぎ見ていたはずのその年以降、我々は着実に成長し、96年以降は準優勝も3回経験するまでになった。残念ながら優勝は経験ないし、ここしばらくは準優勝にも手が届かず、だがほぼ着実に3位入賞を続ける(たまに落ちても復帰する)安定した実力のチームとなっている。その詳細な歴史についてはここではきりがないので省くけれども、最初の年の「なんちゃって」ぶりを見ると、隔世の感がある。
メンバーはもうすっかりと言っていいほど入れ替わってしまっている。いちばん初期の少人数だったころのメンバーはむしろ覚えているが、途中の顔ぶれを見ると、名前も、ヘタをすると顔もよく覚えていない人たちがたくさんいる。チームの登録事務や会報制作(新人紹介記事も載っている)担当で、他の誰よりもメンバーの把握をしていた私にしてこれである(だが他の誰よりも記憶力が弱いという説もあるが(^_^;))。
まあほんとに人数が多いので仕方ないのだが。延べにしたらいったい何人とサンバ関係で知り合っただろうか。1000人は下らないだろうなあ。

そうやって、覚えていない人、今はいない人たちの中に、今でもいる人の姿を見つけると嬉しくなる。創立当時のメンバーでまだ残っているのは…。
チームリーダーKG氏、副リーダーKZ氏は今でもばっちり現役で活躍中。でもKG氏は当時はちゃんと自分でも楽器を奏していたのだが、今はスタッフに徹している。
またときにはダンサー、ときには打楽器隊だったMパパ、M子さん、Cちゃんも今は基本的にはスタッフであまり普段は現れない。
花形ダンサーだったK姉はいまでも人一倍華やかだが、我がチームに籍を置きつつも、基本は別のチームで活躍中。
うーん。こうしてみると、18年まえからさほど変わらない状況にあるのは私(とKZ氏)ぐらいのものだ…。
というか、私自身があまりに変わっていない、変わり映えしないことに改めて愕然とし、呆れるような気持ちである。さすがは「保守的」。つーか執念深いというか。

仕事のことを考えてみても、現在英会話の講師として勤めている立川の某英会話学校でも、私は古参中の古参だ。もっとも私よりも古参の非常勤講師がもうひとりいるから私は最古参ではないが(私の立川での勤務は1999年からになる。ただ同じ英会話学校の別の場所の学校で平成元年から教えていたので、通算すれば20年になるのである)。
他のスタッフや教師は、正社員なら転勤になり、非常勤や契約社員ならせいぜい2〜3年で辞めて主婦になったり転職したりしている。非常勤のくせに(よって全然待遇や立場の向上がないのに)20年も居続けているのは珍しいと思う。

変化を嫌うのは、そりゃ、一言で言えば「怠慢」であり、向上心にも乏しい証拠であり、臆病さでもあり、あまりイメージとしていいことではない。

でもまあそれが私なので仕方あるまい。

ひとところに居続ける積極的なメリット(?)もある。そういつもあることではないが、サンバにせよ英会話学校にせよ、昔一時期やっていた人が訪ねてくることもある。ほとんどのメンバーが入れ替わっている中で、私がいると、それはもうことのほか喜んでくれるのだ。

私自身も、久しぶりにどこかを訪ねたりして、変わらぬ人が(その人自身が多少歳を取っていたとしても)出迎えてくれると、ものすごく心が癒される気がする。

そういえば、今年は「美華」のゆきちゃんが亡くなって美華がなくなり、その少し前にはライブを毎月やっていたラバンバが店じまいを余儀なくされ、その喪失感には悩まされた。
今週末は恒例の式根島ツアーだが(ううう台風や熱低が心配!!)、ずっと長くお世話になっていた民宿も高齢化で営業をやめてしまい、それも実に寂しい。
そうそう、6月のサンバチーム合宿でもやはり長く使っていた宿が廃業して新たな場所を使ったが、雰囲気的にかなりイマイチだった。

どんどんみんな変わっていってしまう。上のいくつかの例は、積極的に変化を求めて冒険したというのではなく、高齢化などで衰退してしまったというさらに悲しい変化だが。
ずっと変わらずにあったものが変わる、のはさらに寂しい、というのは事実だが、それも避け得るものではない。

でも今となっては、私はもはや「自分は『港』であろう」とぐらい思ってしまった。変わらずにそこにあって、ときどき寄港して心身を休めることができる存在。そういうものに近くなれたらいいだろうなあ、と。

そんなことを連れ合いに言ったら、彼が今ときどきライブをやらせてもらっているバーのママがそんな感じだ、と言った。もう30年同じ店をやっているのだそうである。店を始めた当時20歳そこそこでバイトに来ていた青年が、もう50歳のいいオッサンになってまだ訪ねてくる、と。

そういや、大学生の頃、半ば冗談めかしつつも、一つの私の夢は、小さな居酒屋の女将さん、だったなあ。
自分がどんどん出ていって人に会うのはしんどくても、いろんな人が自分のところにやってくるのならいいなあ、とか思っていたのだった。案外それを実現していたら良かったかもしれない(って結局資金はとてもなかったけれどね)。

ああそうか、教師というのもそれに近い部分はあるのかも。それにサンバチームでも相変わらず、興味を持った人に情報を発信する広報、その結果入ってきた人の登録やフォローをする役目を主としてやっている。あ、考えてみればかつて5年半だけ勤めた(このときはまだ自分が「変化が好きな人間」と思っていたフシがある)会社でも役割はほとんど同じだった。広報と採用と研修。

やっぱり、それが私の生きる道、である。
自分が外に出て荒海を航海するのではなく、港として彼らを受け入れたり待っていたりするのだ。(ちょっと美化しすぎ…)
posted by おーゆみこ at 00:20| Comment(0) | TrackBack(1) | ■日々つれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/106366545

この記事へのトラックバック

リスニング(3:55)|Hollywood 'sex files'
Excerpt: Showbiz Tonight's Brooke Anderson talks about hot Hollywood headlines such as David Duchovny enterin..
Weblog: 英会話最強の実践リスニング〜CNNニュース集
Tracked: 2008-09-15 23:15