2011年02月13日

シンクロニシティで幸せに

私は自分を励ますために、evernote(と連動したawesomenote on Iphone)に「To my angels」というフォルダーを作り、自分で自分に言う言葉とか、本などで気に入った言葉とかをストックしている。ツイッターでもそういうことは沢山書いているが、中には公開で言うのはちと恥ずかしいようなのもあるので。

恥ずかしいのだが、ちょっと驚いたことがあったので、その非公開の「つぶやき」(?)をひとつここで公開。
「奇跡が起こる。私は、ここから大逆転する運命が待っている」
自分で書いておきながら忘れていて、きょう気がついたのだ、この呟きに。そしてその日付を見ると、1/24。
!! 例の「降って湧いた幸運」が起こる3日前、Kさんからの飲みの誘いも受けていないときである。そんなことを夢想だにしていなかったときである。

まあこの「幸運」がどう転ぶのかはまだ分からないし、それが人生の大逆転とまでは言えないかもしれないが、でもやっぱりなにか興奮する。

一昨日あたりから「やっぱりこれで運がよくなった」by浅見帆帆子というのを読んでいる。なんかタイトルがアレだが(^_^;)、内容は「シンクロニシティ」についてのこと。ま学問的な切り口では全然ないが。この本、実はあの衝撃の別れがあってその2日後ぐらいに買ったのだが、今まで読まずにいた。
読まなくても内容はある程度分かる、と思っていたのもある。だからお守り代わりに買ったというか。
3ヶ月も経ってから読み始めたわけだが、著者には失礼で傲慢な言い方かもしれないが、思った通りの内容だった。一字一句、同意。私が書いたんじゃないかと思えるくらいである。だが自分ではない他の人がこれを書いたのだと思うと、自分の考えていることに自信も持てるというものだ。お守りにしていて正解だったし。

つまり、世の中に「偶然」と見えることもひとつも偶然ではなく、すべてが「偉大な存在」からのメッセージであるということ。偉大な存在、とは、「神」と表現する人もいようが、必ずしもそうでなくてもいい。自分に必要なことはやってくる。不思議な偶然と思えることはすべて強力なメッセージ。
そしてそのメッセージに「気づき始める」と、とたんに、更に更にメッセージは降り注ぎ始める。

そして、「夢は実現する」。夢が叶った場面を具体的にイメージする。だがここでのポイントは
「実際にどの程度実現する可能性があるか、または、どうすればかなうのかという途中の段階は考えず、最後のかなったうれしい状況だけをイメージします」
ということだ。
「一度イメージできたら、あとは余計な心配をしないで安心します」
それにまた、いつも笑っていると
「ニコニコ笑っているという状態が自分にシンクロし、それに見合う状態が現実に起こる」
とも。

さらには
「かなえたい夢への執着をはずすと直感がさえるようになります」
とも。
「幸せになるにはこれが必要だから、とイメージすると、それがなかったら幸せになれない、ということになってしまう」
そうすると自分の心がうきうきわくわくしない。
「運のいい人は、いつも自分の心をウキウキワクワクした状態にしておくことがすべての運を良くすると分かっています」

すべては自分の精神レベルの問題で、それに見合ったものを引きつけてくる。
一見「悪い」ようなことも起こる、けれどそれもひとつの「メッセージ」で、それに気づいて自分の在り方を修正することができればそれ以上悪くはならない。それどころか気づいたことによってより良くなるかもしれない。

なんか自分が考えていたことばかり(それに日記にもそれなりに書いてきたことばかり)なので、一瞬悔しくさえあるが(^_^;)、まあこれは強力な「援軍」である。(何様)

おこがましいながらも自分を褒めれば、「最悪のこと」が起こってから、私はむしろ、生活を整え、部屋に花を絶やさず、人にも自分にも笑顔を向け、できる限り親切にし、そして感謝する、ということをこれまでの人生ではなかったくらい意識した。たぶん私はメッセージをきちんとうけとって、きちんとそれに「対処」できたのだと思う。
だから、15年一緒に暮らした相手を…しかも他のより若い女性に「盗られて」…失い、五十路にして独りぼっちになってしまう、という「最悪」の事態に襲われてまだたった3ヶ月しか経っていないのにこの元気っぷりであれているのだ。
もちろん自分の手柄だけではなく、周囲の様々な天使たちのおかげ!!なのであるが、天使が助けてあげようとしてもそれに気づかない人も多いように見えるから、私は我ながら優等生なのではあるまいか、とちょっと正直誇らしい、気がする。

シンクロニシティは、ずーーっと前から、私にとっては天使のいたずらっぽいやり方での手助け、と認識している。
その都度日記に書いてはいるが、ほんと、「すごい」(私にとっては、だけど)話がたくさんある。

サンバ「チーム」での歌手活動を少しお休みせざるを得ないことになったとき、それなら少人数でのバンドをと思ったがなかなかやらせてくれるライブハウスとかがないなあと思っていた。だが、突然、私がそんな状態でいるとは全然知るよしもない古い知り合いから、自分が出演させてもらっているライブレストランがブラジル系のバンドを捜しているけれどどうかという話が突然舞い込んできた。しかもその店については、これまた全くその人とは関係のない、英会話学校の生徒さんから「こんな店ありますよ」って話を聞いたばかりだったのでますます驚いた。その店「ラバンバ」は素晴らしいところで、そこに結局何年間も月一で出演させてもらって幸せな時を過ごした。私の職場のすぐそばであるというのも「偶然」で、おかげで生徒さんたちもたくさん聞きに来てくれた。今はその店はなくなってしまったが、常連だった方々が中心になってパーティをしていて、年に1回はそこで演奏させてもらえている。

体調が悪く、しかし普通の西洋医学病院では原因も分からず、たぶん東洋医学的治療が必要なんだろうが、そういうのは高いし、と思っていたところ、その少し前に駅でばったり会って久しぶりに話をした大学の同級生からの年賀状で、鍼灸師の指導者養成コースに通っているがそこで実習用患者を探している、だれかいたら紹介して、とのコメント。「私、私!」大急ぎで手を挙げて立候補。そしてそこにももう多分4〜5年、週一で通い続けている。1回500円!!そしてたぶんそのおかげで、当時鬱っぽくすらあったのだが、その精神的症状はすっかりよくなり、まあ主訴の「のどの異物感」は治ってはいないが、全身の体調そのものは維持していると思う。

まあ特に印象深いのが上の2つだが、もちろん他に小さなものを含め沢山ある。あ、そうだ、まだ「大きい」のあった、最近。それはまた項を改めて書く。

今回の引っ越しの話も、首尾良く実現していけば凄いことだ。上の2つをしのぐ凄さ。

正直、まだ寒いのでちょっとくじけてはいる。新居はちょっとばかり日当たりに難ありかもしれない。わがちっこいアパートは日当たりだけは抜群なのである。でももちろん、夏場はそれだけ暑い。暖かくなってきたら、日当たりこんなに要らん、と思うかも(^_^;)。
新居で自分が住むつもりだった3階の部屋は、ベランダ(というかもの干し場)が完全に北向きであることに気がついて実はちょっと凹んだ。まあ小さめの窓がその他3方にもあるので、日が差さないわけではないけれどね。朝日も、昼間の太陽も、西陽も一応は入ってくる。夏場はきっとその方がいいんだろうな。
ということで、まだ寒いうちに引っ越すとちょっと凹みそうなので、予定より引っ越しを一月延期しようと思っている。3月末だとまだきっと寒い日もある。4月末ならきっと大丈夫だろう。
そうこうしているうちに同居人ができれば、寂しかったり凹んだりする必要はなくなる。
状況が整えばネコも飼うしね。

ともあれ、マイナスのことについては四の五の考えない!天使がなんとかしてくれる。もう全く私なんか怠惰かも。
「努力」する方向が違うだけか。日々に笑顔で、感謝して、ちょっとぐらい嫌なことがあっても凹まずにむしろ「どこか改善すべきところがあるというメッセージ」と解釈してその改善に努め、きちんと生活して、身の回りを(贅沢ではなくとも)綺麗に整える。
それだけで幸せがやってくる。
そう「信じる」ことも努力かも。
楽しい努力。


身をもって実践し、効果を証明してます!


posted by おーゆみこ at 14:14| Comment(0) | TrackBack(0) | ■日々つれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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