2006年06月12日

父へのオマージュ

父の日ということで久し振りに実家の父親に電話してみた。実をいうと父の日なんてものについてどうこうしたことは今まで一度もなかったのであるが(私の実家では、私も含めた家族それぞれの誕生日とか母の日父の日とか結婚記念日とか、はては命日とかですら、とにかくそういう記念日系のことにえらく無頓着で、だがそれが当たり前と思っているから祝ってもらえなくてもイジケたりしない)、父も還暦からすでにさらに一回りし、つまり72歳となり、不吉なことは考えたくないにしろ、私自身が自分の人生の終末について考えてしまう今となってみれば、父もいつまでもこの世にいるわけでないとさすがに不安になってきたのだ。いったい現在は日々どんなふうに暮らしているのだろう? だが用もないのにごきげん伺いをする習慣がなかったので、父の日というのは一応格好のきっかけだった。
結論としては父はえらく元気で、私は感動すら覚えた。とりたてて悩みもないようである。だが久し振りのこととて、もろもろ話がはずみ、結局2時間ぐらい長話してしまった。私と父は以前にも書いたがかなり「相似形」なので、話は合うのである。
彼の基本方針は、
「ものごとに感謝しつつ、視野を広く持ち、柔軟で、楽天的」
ということで、
「だから多少嫌なことや辛いことがあっても、たいしたストレスにはならない」
と言うのだ。その楽天志向は健在で、声も若々しく、私としてはかなり安心した。

きのうの電話で彼は話した。すでに半分仕事に片足突っ込んでいた高校時代、仕事が夜遅いため毎朝遅刻し、それでも学校には行くのだが、何かと気が重かった、と。だがそのとき、太陽が輝いているのを仰ぎ見て
「ああ、太陽も照っている。宇宙は健在だ。自分の悩みは宇宙に比べたらなんて屁みたいなものだろうか」
と思った、というのだ。
−−そりゃ確かに「屁みたい」な悩みであろう。
だが彼にとっては、そこが「楽天志向」の出発点だった(と彼は意識した)ことが大きな意味を持つらしい。

その後、これは彼の名誉のためにも私が勝手に詳細を書くわけにいかないが、彼の人生には、そんな高校自体の「屁みたい」な悩みよりももっと深刻なことがたくさんあったと思う。、ミュージシャンとしての本業が(カラオケの普及などにより)斜陽化したり、詐欺まがいの被害にあったり、試みた商売が失敗したりしての経済的苦境、配偶者の(つまり私の母)の長期に渡る病気療養、そのあげくの若くしての死別。だが彼は、別に「歯を食いしばった」わけでもなく、そのたび、その高校の日の太陽を思い出して、宇宙にまで視野を拡げ(?)、つまりは自分をある程度相対化して、楽天志向を実行してきた、らしい。
彼の偉いところは、謙虚な感謝の姿勢もあるところである。いまだに経済的にはリッチからほど遠い彼にとって、健康保険料はかなり大きな出費だと思うし、彼自身は幸いにもそれを利用する方にはあまりなっていない。だが母の病気の時、その治療費のかなり大きい部分を公的保険がまかなってくれたという。だから今、それがけっこう高くて辛くとも、これで助けてもらった、自分が今払うことでどこかで助かる誰かがいる、それに今自分がそれを利用する側でないことも有り難いことだ、そう思うと、(まあどこかでそれによりズルをして儲けている誰かがいたり、制度的に問題があったりするなど、そういうこともあろうがとりあえずそれは別の問題として)自分が支払うことには抵抗がなくむしろ感謝の気持ちである、とも彼は言った。

とにかく少なくとも私の前で(もたぶん誰の前でも)彼は不機嫌そうな顔をしたことがない。娘や息子(私と弟)も含め、人に対して過度になにかを期待することもないけれど、基本的には人間を信頼しているという姿勢である。だから「干渉」ということもほとんどしない。

そうやって基本的にいつも機嫌良く、謙虚にマイルドに生きてきた結果、72歳だが見た目も声も若々しく(60歳前後といっても通る)、やや高血圧気味である以外には持病らしきものもなく体調は良好、地位も名誉も財産もないとはいえ、気に入った仕事(音楽の指導)を現役で続けており、長いやもめの身とはいえ対人関係にとくに問題もないようで、リッチではなくともさしたる不足もなく、本人の曰く「ストレスなし」の日々を送っている。
基本的に酒もたばこもやらないし、若干運動不足(若い頃からスポーツには興味も縁もない、それは私も同じ)のように思うが、このままならけっこう幸せに長生きするかもしれない。

私は、尊敬する人は?と聞かれると、「父親」という答えが頭をよぎる。ただなんとなく
「尊敬する人は?」
「両親です」
という会話が本能的に(??)嫌いな感じがするので、あまりそうは言いたくない。
そもそも「尊敬」という感じでもない。ただ彼の世界観は私のひとつの「理想」ではある。そうなったのは「遺伝」なのかはたまたそれと意図せぬままの「教育」なのか分からないが、いずれにしても、私がそのような考え方を持つようになったことに彼の娘であったという点が影響しなかったことはあるまい、と思い、改めて感謝の気持ちが湧いてきたので、それを伝えた。別に父の日だからとプレゼントを贈ったりはしないのだが(そんなこと今までしたことないのに突然するのは妙)、私としては、そう伝えたことがひとつのプレゼント(ってこれはかなりずうずうしいとも言えるが)のつもりである。


posted by おーゆみこ at 14:23| Comment(4) | TrackBack(0) | ■日々つれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ああっ! 父の日って来週だった…_| ̄|○
Posted by おーゆみこ at 2006年06月14日 10:03
ですよね。
(カレンダーで確認しました)
また電話したらおとうさん嬉しいと思いますよ。
Posted by そらこ at 2006年06月14日 18:57
気づきましたか!(笑
私ももう一度電話に一票いれときます。
お父様は読めば読む程O-yumikoさんと似ている、というか、人生の先達さんなのですね。
Posted by Nikita at 2006年06月15日 09:32
なはは…。今までいかに無頓着だったか、図らずも露呈してしまいました。

>お父様は読めば読む程O-yumikoさんと似ている
高校生の時の太陽云々のエピソードを今頃もったいぶって言っているあたりに、自分と激似なものを感じます(^_^;)
ある意味、辛いくらいに分かりすぎるところもあります。彼もそうやって自分にも言い聞かせ、そのことを人にも言って確認することで安心しないといられない部分もあるのでしょう。ほんとに能天気な人はそんなことも意識しないだろうし。

もう一度電話ねえ…。
どうしても長くなってしまうんですよ。
カードでも送るか。それとも柄にもなくちゃんとプレゼントでもするか。
Posted by おーゆみこ at 2006年06月15日 09:54
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