2006年07月25日

最大のピンチは、最大のチャンス

今期の朝ドラに愛想を尽かして数ヶ月。夏場は日々忙しくて朝ドラ日記がないのはちょうどいいようなものだが、「触発されて書く刺激」の不足感がある。いや本当は多々あるのだけれど(書かなければならないものも多々あるし、やらなければいけないこともまた多々ある−−でもそれはそれとして)、どうも焦点が定まらず、やや不完全燃焼気味。

そこで、ためしに、最近買った本田健氏の「きっと、よくなる!」という本の各章をその刺激代わりにしてみようかと思った。「ユダヤ人大富豪の教え」を書いた著者のその後の作品のようである。必ずしもこの著者に「心酔している」というわけではないし、その本に書いてあることも、この手の本ばかり山ほど読んでいる(というのもあまり感心した話ではない)私としては、とくに「目からウロコ」というものでもないのだが、それぞれの章が短くて分かりやすい「タイトル」がついているので、基本的にその「タイトル」を「触発刺激」として使おうと思ったのである。朝ドラでもそうだが、いつも他人のふんどしで相撲を取るワタクシ(^_^;)

だから、これは「書評」などではない。また、本田氏の思想の啓蒙のつもりでもない(当然ながら結果的に多少はそういう傾向にもなってしまうかもしれないが)。書評ではないが、ま、単純な感想、とは言えるかな。でも途中で飽きたらやめるかも(^_^;)(^_^;)
(本からの引用部分は、★マークではさんでみます)

******
「最大のピンチは、最大のチャンス」

いわゆる「成功者」たちの伝記では、たしかに、ふりかかる苦難をむしろ成功へのエネルギーに変換したというエピソードが印象的であることが多い。
ある意味では「結果論」とも思える。ピンチをチャンスにできずに「負けた」ものには、あとになって伝記などものする栄光もやってこないわけで。
だがやはり、実際に困難を乗り越えた成功例は、少なくとも成功の「可能性」の存在証明として心強い。


ところで「成功」とはなにか。本田氏も必ずしもビジネスなどでのいわゆる意味での「成功」だけを視野に入れているわけではなく、愛していた人に裏切られて離婚したが、結局もっと良い相手にめぐりあったという女性の例も挙げている。これは「ユダヤ人〜」の本でも同じで、第一印象としては本田氏はいわゆるビジネス的成功、金銭的成功について語っているようでいて、実は彼の「目的」は抽象的に言った場合の(=具体的なものは人それぞれ)「幸せになること」であるらしい。成功とは、幸せになること、なのだ。その点で私はけっこうこの著者を評価している。

そして「幸せ」とは、では、なんであるのか。
ものすごく端的に言ってしまえば、
「好きな人と好きなものごとに囲まれ、好きなことができる状態」
なのだと思う。

★人生のピンチは「そろそろいまの人生を変えるときですよ」と教えてくれるサイン★

「好きな人・ものごと」も、人生でずーっと同じではない。新しく、よりそのときの自分に「合って」いるものを引き寄せるには、古いものを手放したり、形を変えなければいけないときがある。それにはかなりエネルギーが必要だ。でも安穏としていると、そういうエネルギーが出てこない。
いわば、掃除しようと思っていてもなかなか腰が上がらず、でも来客があるとなると慌ててやる、ようなものか。きっかけはともあれ、掃除をすればやはり気持ちがいい。ピンチは来客のようなもの(??)

そう、ピンチは来客なのだ。ただし必ずしもお上品な来客ではなく、かなり気むずかしいヤツで、機嫌を損ねると大暴れしてむしろ惨憺たる状況になってしまうかもしれない。上手にもてなすためには、冷静に状況を見て対処する必要がある。

なんであれ、冷静になれないとエネルギーは無駄遣いされ、上手くエネルギーが回らなければ冷静にもなれない、という悪循環に陥る。冷静になるためのひとつのキーワードは、それこそ「きっと、よくなる」と信じることなのではないだろうか。信じるものは救われる、とはこのことだ。

きっとこれも「よくなる」ためのプロセスである、と信じて冷静に対処すれば、この来客はきっと思いがけぬ土産を置いていってくれるのである。掃除して気持ちよくなることのおまけつきで。


posted by おーゆみこ at 12:15| Comment(0) | TrackBack(0) | ■しあわせであるために | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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