2016年10月22日

#べっぴんさん あらすじ&私評 第18回:攻撃的でないのはいい  #NHK #朝ドラ

明美ちゃんにはあまり同情できない。
  
<すみれは再び近所の女性達に刺繍を教えている。彼女たちはお腹が空いたと愚痴り、おしめの洗濯も大変なのだと口々に言う。ひとりが、外国には新しい便利なおしめがあるらしいと言い、それを聞いたすみれは、明美がかつて外人達におしめのあてかたを指導していたことを思い出す。 
 
すみれはさくらを連れて再びマクレガー家を訪ね、エイミーに会わせてくれと言う。さくらのあてているおしめについて説明するが、エイミーはその形式にはなじみがないようだ。だがさくらを見て微笑むエイミーは改めて、過日の自らの無礼を詫びる。そして、母親になることについて今とても不安なのだと告白する。母親であるというのはどんな感じなのか、と問われ、かつてゆりが言っていた、なくしたくない大切なものがあることを幸せというのだという言葉を紹介し、自分はいまさくらがいて幸せだ、という。そしてエイミーの手を取り、きっと元気な赤ちゃんが生まれる、大丈夫、と励ます。
  
すみれは、明美が指導していたおしめのことがまだ気になる。明美がかつての使用人の娘であることに気づいていなかったすみれだが、喜代は名前を聞いてそうではないかと指摘。そしてたしか看護学校に行って六校中央病院で看護師をやっていると聞いたと言う。
すみれはその病院を訪ねるが、明美はとっくに辞めたと言われる。そこで、神戸の病院をしらみつぶしに探すことを決意した。
 
ゆりはすみれの家を訪ねている。幼児ではないがさくらの顔が見たくなったというゆりに、心が疲れているのではないかと案ずる。
  
ある日、たまたま訪ねてきた栄輔が病院探しに行くすみれをサイドカー付きオートバイで送っていくという。栄輔はどうもすみれを意識している様子。
  
栄輔に送ってきてもらった病院で、ついに明美を見つけるすみれ。
おしめの作り方を教えてもらえないかと頭を下げるすみれだが、明美はこれまでにすみれたち金持ちに抱いてきた恨みから脱することは出来ず、嫌だ、お嬢様はやっぱり甘い、と吐き捨てて去ってしまう>
  
明美の感情はある意味、「逆恨み」でしかない。母親がいわば「上司」である喜代(だったのかな?)に叱られたのは、金持ちと貧しいものの対立では決してないのだから。だれも彼女たちに、理不尽に辛く当たったわけではないのに勝手に恨みのような気持ちを抱いて、好意(お菓子をあげようとしたすみれの)すらも無にし、素直にお願いをしているすみれを突っぱねる。まあ、ありがちなこととはいえこういうのには同情は出来ない。そのままではあなたは決して幸せになれないよ、と思う。
まあたぶんこのドラマでは彼女がいつまでも勘違いした人のままではいないだろうとは思うけど。でも簡単に「改心」したらそれはそれで嘘くさいしね。この手の「逆恨み」する人は世の中に多いんだろうなとも思うし。
まあ、もっと身も蓋もなく言えば「嫉妬」か。理不尽であることは分かっていても…いや分かっていない、自分すらが自分に欺かれているのだろう、これが単純に自分の嫉妬なんていうものではなく、社会が悪い、と思い込んでいる。大義名分があるような気がしている。でも本当に、そういう思考でいる限り自分が幸せになれないものだと私は思う。私もそりゃ、嫉妬みたいな感情は少しは…いや、大いに持つけどね。でもそれをヘンにすり替えないように心がけているつもりだ。嫉妬は嫉妬。それ以上ではない。人間だから嫉妬してしまうこともある程度いたしかたない、とも思うから、それをもって自己嫌悪にも陥らないようにしたいとも思う。自己嫌悪の感情も容易に他者攻撃にすり替わるものだしね。
  
このドラマが不快でないのは、声高になにかを「攻撃」しないからかもしれない。正義感を振りかざして誰かを悪者にしてギャーギャー騒ぐのがだいたいにおいて嫌いだ。長太郎さんが気に入らない、と私は攻撃してしまったが(^_^;)ドラマ内ではささっとスルーしてくれてありがたい。
あと子供時代のすみれには若干じれったすぎるところもあったが、大人のすみれはそこそこはっきりしているのでそれも悪くない。
「可もなく不可もなし」で物足りない、と思っていたが、少しずつ「可」が増えてきて、穏やかに見ていられるのでいいな。
  

 
posted by おーゆみこ at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ■日々つれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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