今年私たちは、疲れ果て、正直なところどことなく意気が上がらぬままに浅草当日を迎えることになってしまったのだが、私は半分悲観、半分楽観していた。経験上得てして、リキんでいるときのほうが肩すかしを食らわされ、そうでもないときのほうが思わぬ好結果になったりするものだと思っていたので、当日は意外にいい感じになったりして、と密かに静かに期待していたのである、期待しすぎないように注意しながら(?)。先日の自分のライブの時もそうで、自分も他のことが忙しく気持ちが切り替え切れていないし、またけっこう間隔もあいてしまったし、お盆休みのまっただ中だったし、と不安要素がたくさんあったのだが、「こういうとき意外になんとかなるもんだ」という経験則からの予感もまたあったのである。それがそこそこは当たっていて楽しいライブができた。やはり「力みすぎない」「執着しすぎない」ことはなにごとにつけ大事なのではとつくづく思ったりした。
不安もまた「執着」の裏返しである。「なるようになる」と思えば不安も薄れる。不安が大きすぎると、自暴自棄になりかねない。今回、実際何度も「あ〜もう嫌!」と思ったものであったが、そのたび、「いや、でもふたを開けてみなければ分からないし、なるようになるしかない」と気を取り直してきたのだ。
すると、
「やっぱりお天道様は見ててくれるんですよ」
とN氏が言ったような「天の助け」がやってきた。
ブラジルはリオデジャネイロでの本家サンバカーニバルは、浅草のそれの数倍、いや10倍ぐらいの規模で行われる。もちろん、国を挙げてのカーニバルといっても過言ではないわけだから当然だ。浅草でも出場チームは「リーグ」に分かれていて、ちょうどサッカーのJ1、J2のように、大規模で本格的なチームがS1、それ以外はS2リーグで、各リーグの最下位と最上位が入れ替わる。それはサッカーを真似たわけではなく、本家のブラジルでのカーニバルを真似ているのだ。
リオでは、エスペシアルつまりスペシャルと呼ばれるリーグが最高レベルのリーグである。そこには16チームが所属してしのぎを削る。やはり下位は下のリーグと入れ替わる。
その最高のエスペシアルリーグの中でも、今年を含め何度も優勝しているエスペシアル中のエスペシアルチーム「ベイジャ・フロール」から、メインの歌手と打楽器隊、ダンサーたちが(5000人もいるチームの中のほんの数人であるが)今来日していて、全国でショーのツアーを行っている。歌手はネギーニョというオジサンで、ブラジルのサンバチームの歌手の中でも最高峰と言われている人である。つまりは、ブラジルにおいてはまさに「国民的歌手」という存在だ。
そのネギーニョが、彼らのオフである25日に日本の浅草のサンバカーニバルに参加してみたいと言い出した、らしい。それでいろいろ紆余曲折があった、らしい。ところがその紆余曲折の果てに、なにがどうなったのやら、彼らは我々のリベルダージに参加することになってしまった!! 我々が頼んだ訳ではなく、ましてやお金を払ったわけでもなく、まったくタダで、単に「友情」のなせるわざだった。わがチームにいる唯一の日系ブラジル人M氏が知己だったのだ。とはいえM氏が頼んだ訳でもなく、どちらかといえば向こうが「出してくれ」と頼んできた、らしい。
だがわがチームの歌手は私(+2名)である。ずっと練習を積んできているし、そもそも女性キーで設定しているし、歌手としてネギーニョが突然歌わせろと言っても物理的にも精神的にも難しい。そこで、「叫び役」としてならいいよ、ということになった。カーニバルでは歌を歌うだけではなく、志気を盛り上げるために随所で歌手が雄叫びを入れるのである。だが女声ではそれもあまりさまにならないし、ポルトガル語はそうそう知らないし、日本語でやるのはさすがにカッコ悪いし、ということで私はあまり叫べない(少しはやるが)。その役としてブラジルナンバーワン(ということはすなわち世界ナンバーワンといえるわけで…)の歌手が入る、となったらこれは夢のような話だ。
その夢のような話が実現してしまった。正式に決まったのが浅草前日。ひょええええ。
わがジレトール(指揮者)Sちゃんがそれをチームのメーリングリストに流すと、随所で興奮マックスになってしまったメンバーが。
「ほほ、ほんと??」
「そっくりさんとかじゃなくて?」
「ネギーニョのそっくりさん『タマネギーニョ』とかだったりして」
「でも当日になって、やっぱりやーめた、とか言うんじゃない?」
みんな半信半疑である。
ネギーニョはパレード直前のPAサウンドチェックの時に来ると言っていたが、渋滞に巻き込まれたとかでそれには来なかった。だからますます半信半疑。
だが実際に彼は、我々があと10分ほどでスタートするというときに、スタート地点にちゃんとやってきた。我がチームの副リーダーK氏が貸したオレンジのシャツと、私が前日に慌てて作った歌手・弦セクション統一衣装のベルトを身につけて。
もっとも、メンバーがみんなそのネギーニョという存在のすごさを知っていたわけではない。興奮していたのはコアに音楽としてのサンバが好きな連中で、ブラジルの事情もよく知っている人たちばかりだ。ダンサーたちの大半は「だれそれ?」という感じだったかも知れない。ダンサーたちにとっては、ネギーニョと一緒に参加することになったパシスタ(ソロダンサー)4名のほうが興奮だったかも。
そうはいってもネギーニョは、言ってみればブラジルの「北島三郎」みたいなものである。ブラジル人なら、サンバをそれほど好きではない人でもその存在は知っている。どこか外国で日本好きの外国人が集まって「素人演歌のど自慢大会」をやっていたらそこに突然北島三郎が現れたようなものだ。
そのすごさをみんなが知っていたわけではないとはいえ、ネギーニョが実際に現れ、わがチームの色のシャツを着て、そしてマイクを持ち、
「なんとかかんとか、リベルダージ!!」(ポルトガル語だからわかんないんだけどね(^ ^;))
と雄叫びを揚げた瞬間、チームの志気は一気に急上昇。
「うぉおおおおおおおおーーーーーー!!!」
さすがはブラジルいち、いや世界一のプシャドール(サンバパレードのメイン歌手のこと。「牽引する人」の意)である。
だがメイン歌手は私だ(いばりん!!)。世界一のプシャドールを従えて(?)、頭痛もなんのその、全力で歌う。
スタート前のウォーミングアップの時に、サウンドチェックでバランスを見るためになんでもいいから何か歌えとPAのスタッフにせっつかれた。そうはいっても、何を歌っていいものやら? 本番用の歌を歌ってしまってはみんなスタートかと勘違いしてしまう。どどどど、どうしよう…。PAスタッフはがんがんせっつく。
仕方なく、苦し紛れに、よくショーなどで歌う、我がチームの「第2テーマソング」とでも言うべき歌を、キーが合っているかどうかも分からないままに歌い始めてしまった。
ところがこれが良かったらしい。よく分からないが、パレード終了後たくさんのメンバーに
「おーゆみさん、あそこであれ歌ったのは始めから計算してた演出ですか?」
「あれで一気に、ホーム!になったよね」
「そう、あれでもう、うわーっっって思った!」
と言われ、評判が上々。
てなわけで、決して、ネギーニョ「だけ」が立て役者ではないのであるよ!(主張!)
だがやはり、ネギーニョ効果は大きかったのだと思う。
それがなくてもそうだったのかもしれないが、今年のわがチームのパレードは、いつも課題となっている「躍動感」が抜群だった。あとでケーブルテレビの映像を見たが、みんなこの上ない笑顔ではじけまくっている。
もちろん、くりかえすが、ネギーニョ効果だけではない。すべてのパートが、努力した結果である。
だがネギーニョの存在が、それを最大限に引き出してくれた、と思う。
それで冒頭に書いたN氏の
「お天道様は見ててくれるんですよ」
なのだ。
最後の最後の土壇場になって、決してこっちから懇願したり執着したりしたわけではない、お天道様の「応援」がやってきた。…と私も思う。
(とはいえ最後の最後にお天道様は(?)また意地悪もやらかしてくれて、前日作業後の夜中に突然土砂降りがあり、境内に置いておいた飾り山車はブルーシートをかけておいたとはいえ、当日朝かなりダメージを受けていた。その上!地面がぬかるんで、いよいよ出発というときになって、びくとも動かなくなってしまったそうなのである。スタッフが押しても1ミリも動かない。すでに他のメンバーはスタート地点で待機している。かなり大パニックで、結局のところ、近くにいた浅草実行委員会の人たちも巻き込んでロープをかけ…それも簡単には行かない、下手すると壊れてしまうし…、20人ぐらいで引っ張って何とか動かしたそうな。リーダーはこのおかげで腰痛になったし、山車押しのスタッフは始まる前から消耗しまくり、終わってからは口も利けない疲労困憊ぶり。もう勘弁してくれ、とリーダー兄弟が悲鳴を上げていた)
ネギーニョとの「共演」の話に戻れば。
なにしろブラジルにおいてはまさに北島三郎なみの国民的歌手であるわけで、パレード中、ブラジル系のメディアが押し寄せて写真を撮りまくっていた。ブラジルのナンバーワンであるカーニバル歌手が日本でカーニバルに出たなど前代未聞、史上初(!)なわけで、ニュースバリューがある。で、その写真としては、ネギーニョが単独で映っていても別に面白くなく、
妙な日本人のオバハンが偉そうに隣で歌っているところが「絵になる」はずであり、実際途中でネギーニョは私の肩を抱いて一緒に歌いながら写真に収まったりしていたのである。
「おーゆみこさん、ブラジルの新聞にきっと載るよ〜」
と、ネギーニョがうちのチームで歌うきっかけとなった日系のM氏は楽しそうに言っていた。
それに沿道で見物していたブラジル人らしいお客さんたちの興奮ぶりったらなく、
「うわわーー!ね、ネギーニョだあああ!うわーーーいい!!」
って感じだった。
わはは。履歴書に書いちゃうぞ。
「2007年 ブラジルの国民的サンバ歌手、ネギーニョと共演!」
実はブラジルの「都はるみ」クラスの歌手とも「共演」したことあるのだ。これについてはかつてわがチームのHPに書いたことがあるのだが、今どこかに行ってしまっているかも。そのうち掘り起こしてリンクします。
そうそう、証拠画像もリンクしておこう。他の方のサイトだが…。
その1
その2
私が前夜慌てて作ったベルトに注目〜〜。
タグ:サンバ カーニバル


おーゆみこさん達のの地道な行いが幸運を招いたのでしょう。
素敵なお話で、ほのぼのとした気持ちになれました。
トラブル続きでも「腐らなかった」(いえかなりメゲてましたが、「捨てなかった」)ことがよかったのかな、と思ったりしてます。