2007年11月06日

おもちゃ箱な人生

唐突だが、最近になって私は、
「ああ、なんかもう、いつ死んでもいいやあ」
って気分になっている。

……とか言うと不穏な言いぐさだが(^_^;)、別に厭世的に実際に死にたくなっているわけではないし、逆に、ものすごく幸せなことがあって大満足するようなことがあった、というのでもない(上記の言葉はそのどちらにでもとれるのが面白いといえば面白い)。

少し前まで、なんだか私はひどく焦っていた。50歳を目前にして、私は
「何一つ『成して』いない」
のである。
地位も身分も財産も、業績も名声も、なんにもない。
おまけに、「まともな」家族すら持ち損ない、生物としての義務(?)かもしれない「繁殖」すらしそこなった。
完璧な出来損ないである。
東大を出ていてもコレだ。笑うしかない。

これで死んだら、私は「遺すもの」がなにひとつなかったことになるではないか。
齢を重ね、縁起でもないことだが「死」が人ごとではなくなってきて(実際、私自身の母親は今の私よりうんと若くして死んでしまったのだ)、今更私は焦り始めた。
遺すものなど要らない、死んだら忘れられたい、と主として性格が「NT」タイプの人が言っていたりしても、そういうもんじゃないでしょう、と思っていた。

10年前、40歳になる直前にもそういう焦りを実はすでに抱き、そのために鬱っぽくなっていた。それから10年経っても、焦ったり反省したりした割にはちっとも事態は「改善」されず、われながらしょーもないままである。でも開き直ったのか、40代半ばではけっこう鬱からは解放されていた。けれどまた50歳という大台に乗る、と意識するとそういう焦りが復活するかもなあと思っていて、実際にそういう気配があった。

けれど今現在、なんだか憑き物が落ちたように、再び開き直れて(?)いる。

しょーもない自分のままでいいや、と開き直った、というのはちょっと違う。しょーもないなりに少しは向上心めいたものもあり、それなりに目指しているものはあるのだが、たとえばそれが結局達成も出来ず、万が一しょーもない自分のまま、今、死ぬことになったとしたら
(もちろん実際にはパニックだろうが)
「ああ、けっこうオモロイ人生やった」(なんで大阪弁風味…)
と思えるような気がしてきた。

私はけっこう、輪廻転生とかを信じていて…というか信じることにしていて、仏教的な考え方で、この世には「修行」に来ている、という考え方が好きである。この世は学校なのだ。魂は、その1回の人生の中でも成長するが、輪廻転生の中で全体的に成長していく。この人生でいまひとつぱっとしなくても、それは次の生への準備だったかもしれない。

それに、なにかを成し遂げたからといって、それが何?とも思える。いやもちろんそれは素晴らしいことだし、深い満足感や幸福感も得られるだろうし、人のためにもなるだろう。けれど、日々の普通の営みにおいて楽しく幸せで満足であることも同じくらい重要なことではないか?
なにかを追いかけることにより、そこに至るまでの距離を、あるべき姿からの「マイナス」と捉えてしまうと、日々いつもマイナスな気分になってしまう。
ゴールに近づいていくことが、たとえまだまだゴールが先ではあっても、それ自体が楽しい、と思えるならそれがいい。たとえゴールにたどり着けずに「時間切れ」になっても、ああ面白かった、でも次こそゴールにたどりつくぞ!と思えるならそれでいい。

無理なく流れに乗って、人生を楽しんでいく。人から見たらそれはある点で、覇気のない「受け身人生」かもしれない。
これは私の父親の「教え」とも言える。
「ぼくは無理はしないんだよ。流れに乗って、行き着くところに行く。流れには逆らわない。けれど何かに出会ったことには、きっとなにか意味があると思って大事にする」
彼はそんなことを言った。それはまんま、私の人生哲学ともなったようだ。

だから決して「冒険」はしない。大成功もしないが大失敗もない。それほど波瀾万丈ではない。もっと大志を抱いて大きなことを!夢を!と思う人もいるだろうし、そのほうが話としてはドラマチックだが、そういう人生じゃないから劣っている、とは思わない。

私の人生は、波瀾万丈ではないが、平坦無難でもなかった。
なんか
「おもちゃ箱みたい」
とふと思った。
別にさしてなんの役にも立たないがらくたばかりだが、あれこれあって、夢中になって楽しく遊ぶ。ひとっつも「生産的」でないし、いっこうに「成長」もしないのだが、楽しい。シリアスだったり本格的だったり致命的(?)だったりもしないのだが、「他愛ない」変化がたくさんある。
私の魂は今、その「幼年時代」にあるのかなあ(輪廻転生の大きなサイクルの中で)とも思う。でももしかすると、すでに一度成熟して、また子供に返った老人かもしれない、とも(それはちょっとうぬぼれすぎか)。

単に負け惜しみ、なのかもしれないけどね。

【宣伝】 あす11/7(水)、大塚でライブです。遊びに来てください。
詳細こちら
posted by おーゆみこ at 13:42| Comment(2) | TrackBack(0) | ■極私的幸福論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私も輪廻転生や、「この世は修行の場」的考え方をします。でも「成してない」なんてサンバで堂々と歌う姿とか拝見していると「そうなのかな〜」なんて思ってしまいます。ましてやライブハウスで歌も歌えるし。他にも大勢の前で理路整然と堂々と話す姿とか憧れちゃいます。

ライブもしかしたらダンナが夜いたら行けるかな〜なんて淡い期待を抱いていたのですが、ガ〜ン!なんとどうにもならない「泊まり」でした。

目下私の課題は「子供達をいかに自立させるか」です。全てはさらにサンバ三昧するために・・・
Posted by fuyumame at 2007年11月07日 23:20
ブログの新しいエントリとしてお返事の形でひとくさり書かせていただきました。

ライブはまた次回、ぜひ来てくださいね〜〜!!

サンバの世界はこれからずーーーっと続けられます。じっくりゆっくり、お子さまたちと折り合いをつけてください。お子さまたちもサンバに目覚めさせてしまえば一石二鳥?? とにかく、この世界に出会い、ハマってしまったあなたはラッキーです(断言)。でもそれがいつまでも掛け値なくハッピーラッキー!であるためにはご家族の理解を得ることは慎重に、確実に!!
Posted by おーゆみこ at 2007年11月08日 18:33
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/64883120

この記事へのトラックバック