2008年04月03日

私は困らない その1

どうも最近忘れっぽい。というか、覚えない。
前からたびたび書いているように、酔っぱらった翌朝はいろいろ覚えていないが、それも、忘れたというより、そもそも脳に書き込まれてないようだ。ファイルを保存せずに終了してデータが失われている、そんな感じ。
このごろは酔ってなくても、しばしばファイルが保存されずに強制終了している。高血圧の薬を飲んだかどうかすぐ忘れる(こんなんで治験とか受けられるんだろうか。まあ治験の薬はパッケージに全部日付が書いてあるから確認できるけど)。
ウインナーを電子レンジで温めてからタマネギドレッシングをかけるのがお気に入りだが、2回続けて、ウインナーを温める前にドレッシングをかけてしまった。口に運んでから気づく。大丈夫か私。

困ったものだ。

あ。でも。
困ってないのだ。

そう、「困らない」ことにしたのだった。

「変な人が書いた成功法則」(by 斎藤一人)
という本をふと見つけて読んでみた。
(こんな感じの本ばっかり読んでいるところがなんだかな、と思いつつ)
著者は大金持ちらしい。土地売買関係ではなく事業所得のみで唯一、連続して長者番付10位以内に連続して入っているとか。

彼の主張はシンプルで、成功するためには、努力しろとか夢をあきらめるなとか、そういうことではなく
「困ったことは起こらない」
と信じることだけだ、というのだ。

別にここで彼の本やその考え方を紹介することが主眼ではないのであまり詳しくは書かないが、
なにか「困ったこと」のように思えることが出来したとき
「私は本当に困っているのか」
と自分に問いかけ
「実は私は本当は困っていない」
と思えると、魂のステージが上がり、そして、ただ単に気の持ちよう云々の問題ではなく、「現実も変わる」、という。

…まあ、この手の考え方は今までもそれなりに接してきた、と思うが、
「私は本当は困っていない」
という言葉の選び方(??)がなんだか妙に私にピンときた。

つまり、この手の考え方、つまり、楽観思考が事態を好転させる、ということを心理学や行動学ベースで私は信じているのだが(実はかなり神秘主義的レベルでも信じている)、ただ、そのそもそもの「楽観思考する」部分が実は一番難しい、と痛感していたのだ。
楽観思考で事態が好転するなら、辛い思いをしてる人はいなくなるだろう、とよく言われるが、それは楽観思考自体が難しいからである、と。

「私は今、本当に困っているのかな」
と問いかけてみると、実は
「もしかしたらそうでもないのかも」
と思えることが多いような気がしてきた。

そもそも「困る」とはいったい何が困るのだろう。
何か失敗して人に笑われたり馬鹿にされたりしても、それ自体困るだろうか。
…普通に考えれば「困る」のかもしれないが、「それが何」と思えばそうとも思える。
人が私を笑っても、そりゃ気持ちよくはないが、それ自体は私の行動にさほど制約を与えない。
仕事で失敗するとその次から仕事がこなくなって「困る」。それは確かに困るけれど、挽回のチャンスがないわけではない。
なんにせよ、なにか起こってしまったことを後悔しても始まらない。次へ向けてまた全力を尽くすのみである。

つまり「困った」と悩んでも、どうしようもないことについては、困っても仕方がないから困らない(ことにする)。
「困った」と思ってなんとかしようとしでできることなら、困っている間になんとかするべく力を尽くせばいいだけで、困っている暇はないから困らない(ことにする)。

さらには、ほんとうに、別にはじめから何も困らない(のについ悩む)ことも多々ある。
なにか人の行動について腹を立てたりすることもあるが、それがどれだけ自分の生活や行動に深刻な支障を与えているのかと考えると、さほどでもないことの方が多い。そりゃ多少はあるかもしれないが、それでなにか自分のことが立ちゆかなくなるわけではないという程度なら、
「別に○○が△△しても、私は困らない」
と言ってやりすごすことができる。その方がずっと心安らかだ。

こういうのは、でもたしかに、言ってみれば単なる「気の持ちよう」。
それだけでどうにかしていこうとするのは、考えてみるとなんとなく気詰まりでもある。
そこまでいつも気を強く持てないよね…。しんどいよね…。

ところがここからがなんだか不思議なところだ。
「私は別に困らない」
という言葉を「唱えて」(?)心落ち着いていると、ほんとうに、実際に困ることが消えていく。斎藤一人さんもおっしゃる「現実も変わる」である。

私は今までも経験的に、そういうことを信じてきた。信じようとしてきた。信じられる気がしている。たしかに、そうだったのだもの。

なにかものごとを解決するにはなにかしらのエネルギーが必要だが、ネガティブな思いはそのエネルギーの流れを阻害することが多いと思う。
また逆に、いいエネルギーの流れているところには、いいものが引き付けられてやってくる。

たぶん現時点では「科学的に」などは説明しきれないことではあっても、そういう「法則」は真実なのだと思う。エネルギー、あるいは「気」の流れがすべてに影響する。
普通に考えれば自分のコントロールの及ばないような「外部」にも、きっと、何かの形で自分の中の、あるいは自分を取り巻くエネルギーや気の流れが及んでいるのだ、と思う。

よって、一番大事なことは、「いいエネルギー(気)の流れを作ること」ということになる。
斎藤一人さんの言いたいこともそれなのだろう。

たとえ一生懸命努力しても、苦しんでいたらそれはたぶん報われない。エネルギーの流れを阻害しているから逆効果だ。

かといって、自分さえ良ければ、楽しければいい、ということで人を踏みつけて利を得ているような人は、踏みつけられたほうの人が発する負のエネルギーにいずれは乱されるだろう。
また逆に、自分は正しいことをしていても、他の人に対して厳しすぎるような人も同じように、他の人からの負のエネルギーにまきこまれるかもしれない。

自分も楽しみ、周囲の人々も喜ばせるようなエネルギーの流れを持っていれば、そんなことにはならない。
大きなエネルギーを持つ必要もそんなにない。ささやかであっても静かであっても、おだやかにスムーズに流れていればいいのだ。
(歳をとってくるとそこも問題。若い頃に比べればエネルギーは相対的には減っている気がするが、そのこともジタバタせずに受け入れる方が吉、なのかも。これはまた別項で書く)

ポジティブ思考、楽観思考はエネルギー(気)の流れを阻害せず、むしろ勢いづかせる。
だから「現実も変わってくる」。

で、今のところ
「私は別に困らない」
は自分をポジティブ思考に持って行く「呪文」として私にとってはかなり強力だ。何か不本意なことがあっても、
「よく考えてみたら、それはそれ、だな。別に私は『本質的には』困らない」

すると本当に、一見「困った」事態も、いつのまにか解決してしまう。

(この項続く…はず)
タグ:幸せ 幸福論
posted by おーゆみこ at 23:29| Comment(4) | TrackBack(0) | ■極私的幸福論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
これは単純明快でわかりやすい考え方ですね。こんなのだったら、すぐに実行できそう。やってみようっと。
Posted by カモメ at 2008年04月04日 13:17
カモメさん

うん、簡単でしょ。けっこう効くし。
やってみてね。
Posted by おーゆみこ at 2008年04月04日 20:29
いいお話ですね。

「困らない現実」を実際に引き寄せていらっしゃる。
引き寄せの法則ブームですが、実生活で使い続けるのは意外に根気がいるもの。

「私は本質的に困っていない」は早速使わせてもらいますね!
Posted by 圭助命 at 2008年04月06日 10:40
なんであれ「呪文」(?)は効きますよ。とりあえずいろいろ思い出せますからね。
Posted by おーゆみこ at 2008年04月08日 13:12
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