とにかく、ごく簡単に言ってしまえば
「幸せの秘訣は、いい『気』の流れにあり」
である。
いい気なもんだ、でいればいいのだ。
それは自分の内部だけでなく、必ずや周囲にも作用する。
自分の中の「いい気の流れ」は、もっと大きな「いい気の流れ」と合流するのだ。
だから、いい「気」の流れを生むにはどうしたらいいか。
それが一番重要なこと。
叱られて奮起したり、怒って頑張ったり。人によってはそれでもいいのかもしれない。
なにかが足りない、ということ自体がエネルギーの流れを生む場合もある。
気が流れているんだったら、たぶん、なんでもいい。
「いい気」ならね。
怒りや、足りないことへの焦りがエネルギーを生むことは確かにあっても、そこで巡るエネルギー、「気」、が明るい健やかなものであるかどうか、となると難しいかも、と思う。
「いい気」
を、停滞させずに、さらさらと流れさせる。
それは簡単なようで実はけっこう難しい。
話はちょっと唐突に飛ぶが、昨今の「掃除力」ブームも、同じことかな、と思う。自分の周囲を心地よく整えることは、いい気を生み、それを流れさせるだろう。
(それはいまひとつ私においては実践しきれていない部分であるが…)
「私は困らない」
という「呪文」も、そのためのひとつの方法である。
たしかに、一見「困った」ことは起こる。起こってしまう。次々と!
でもそのときに、
「ああ困った…」
と頭を抱えるのは、流れをよどませてしまうことなのだと思う。
そうすると解決法が見つからなくなる。
いつまでもその問題にひっからまったままになる。
けれど、
「私は困らない」
と唱えると、とりあえずそんな気がしてくる。
言霊、ってのもたしかにありますぜ! いや別に神秘主義的にとらえなくても、人は自分の言葉で結構「その気」に簡単になってしまうものなのだ。
前にも書いたように、本当に差し迫ったことならば、困ったとか言って頭を抱えている暇に、何か行動を起こすしかない。困っている暇はないのだ。やるっきゃない。
それほど差し迫っていないことならば、ちょっと困ったような気がしても、とりあえず
「私は困らないから大丈夫」
と言霊を発動させ、とりあえず「気持ちをそらす」。
意外にも、困った事態にいちいち「正面から取り組む」必要はないことが多いのだ。正面から取り組むべきは差し迫ったことだけで、あとはむしろ、直面しないようにする。
それでもちゃんと潜在意識には「それをいずれ解決すべし」ということがインプットされるらしく、たぶんバックグラウンドで自分の「顕在意識」の気がつかぬままにあれこれ計算がなされ、いつのまにか解決に近づいている。
証明などはできないが、経験からそう思う。そう信じられる。
そして、困らずに、気持ちよく、「いい気の流れを保って」いれば、もっと大きな「いい気の流れ」から、たくさんのいいものが流れ込んでくる。
(「いいもの」はお金や物質とは限らないけれどね。でも少なくともそのときその人に必要なものはちゃんとやってくる)
とりあえず
「私は困らない」
は「いい気を流れさせる」特効薬みたいである、少なくとも私には。
(さらに続く)
2008年04月04日
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いい気を流れさせる魔法の言葉
「わたしは困らない」
私にとっては
「まぁいいや」「大丈夫」「適当で」
・・・が該当するのかな。
一時ものすごく悩むことがあり
結構楽観的だと自負していた自分なのに
珍しく落ち込んで…
どうすれば解決できるか考えて考えて…
でも何をしてもうまくいかなくて…
結局その時は、そういう流れの中にいるんだ
ジタバタしてもしかたがない
「もう適当でいいや」
「きっと大丈夫、平気!平気」
みたいな気持ちで
悩むことをやめてしまったというか。
で、さんざん悩まされていたことも
良い方向に解決され、今思い返しても
「そんなことがあったなぁ」と振り返られる。
あれ? なんかピントはずれてたら
ごめんなさい。
まさにその通り。
「ま、とりあえずおいといて」
にしたほうがいいことが多いみたいなんですよね。
私流の別の言い方をすれば
「天使に預ける」
です。「あとはよろしく!『適当に』処理してください」てなもんで。でも彼らはほんとに上手くやってくれるのよね。