(前項の続き)
ともあれ、決して天使や仙人ばかりのユートピアではない、ときにはネガティブな感情があちこちでふきこぼれることもある集団なのだが、それでもやはり、このうえなく愛着がある。
それはたぶん私だけではなく、多くのメンバーがそうなのだ。
報われない立場であるのにリーダー役を買って出てくれる人も、基本的に、このチームが好きだからこそ、のことである。リーダー役までいかなくとも、みんなが、自分の楽しみだけではなくて、みんなのために何か役に立ちたい、と自然に思っているように感じられる。
もちろん普通に会社などに勤めている人でも、勤め先に愛着を持ち、単にお金を得る手段ということを超えて、会社のために、同僚たちのために、そしてもちろん社会のために、仕事をして充実感や幸福感を持っている人も多いと思う。
だがそれとは別に、特に音楽やダンスという、魂が高揚するようなものを媒介として結びついている集団ならではの、特別な感覚があるようにも思える。
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2008年06月27日
2008年06月25日
過酷でトラブって、でも「至福」な合宿、その2
(前項の続き)
一応「危機を乗り切った」とはいえ、もちろん、前項にも書いた、構造的慢性的問題点が雲散霧消したなどと牧歌的なことは言えない。感情的なしこりも、全く残らなかったわけではないかもしれない。
けれど私としては、幹部としてやっている仲間たちの冷静かつ誠実な態度・行動がこの上なく頼もしく思えた。感情的になってしまう部分もそりゃほんの少しはあったけれど、普通だったら(感情的になることが)こんなものじゃすまないだろうと思うぐらいのタフな状況において、ほとんどよくこらえていたと感心する。感心する、などと人ごとのように言う立場では本来はないはずだが、まあ幹部にもそれぞれ立場や役割の違いはあり、今回は私は直接に深く関わる問題ではなかったので申し訳ないようだが気持ちに余裕があった。
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一応「危機を乗り切った」とはいえ、もちろん、前項にも書いた、構造的慢性的問題点が雲散霧消したなどと牧歌的なことは言えない。感情的なしこりも、全く残らなかったわけではないかもしれない。
けれど私としては、幹部としてやっている仲間たちの冷静かつ誠実な態度・行動がこの上なく頼もしく思えた。感情的になってしまう部分もそりゃほんの少しはあったけれど、普通だったら(感情的になることが)こんなものじゃすまないだろうと思うぐらいのタフな状況において、ほとんどよくこらえていたと感心する。感心する、などと人ごとのように言う立場では本来はないはずだが、まあ幹部にもそれぞれ立場や役割の違いはあり、今回は私は直接に深く関わる問題ではなかったので申し訳ないようだが気持ちに余裕があった。
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2008年06月24日
合宿…過酷でもありトラブルもあり、でも至福…
2008年06月16日
父の初メール
父の日だからというわけではないのだが、しばらく前に父親に携帯電話をプレゼントした。同じソフトバンクで、家族割引扱いにしたので私となら通話料ゼロである。
自分も50の大台に乗り、折り返さないで突っ走るとか突っ張っていてももちろん不老不死のままでいるわけではなく、やはりふとした拍子に不安になる。それにここのところ、美華のゆきちゃんをはじめ、比較的身近な人がまだ若いのに亡くなり、その意外なほどの喪失感にもさいなまれてしまう。
…となると頭に浮かぶのは当然親のことだ。
50歳の私の父親としては比較的若いとはいえ「後期高齢者」まであと一歩の73歳(自分の歳を思い出したときよりもなんだかびっくりしてしまう、が、「娘」が50歳と認識した父はもっとびっくりな気分だろう)。
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自分も50の大台に乗り、折り返さないで突っ走るとか突っ張っていてももちろん不老不死のままでいるわけではなく、やはりふとした拍子に不安になる。それにここのところ、美華のゆきちゃんをはじめ、比較的身近な人がまだ若いのに亡くなり、その意外なほどの喪失感にもさいなまれてしまう。
…となると頭に浮かぶのは当然親のことだ。
50歳の私の父親としては比較的若いとはいえ「後期高齢者」まであと一歩の73歳(自分の歳を思い出したときよりもなんだかびっくりしてしまう、が、「娘」が50歳と認識した父はもっとびっくりな気分だろう)。
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2008年06月05日
オバカなイタリア語(?)
世の中にもまして個人的に不景気で、海外旅行など夢のまた夢、みたいな状態に陥っているのだが、できるだけ具体的に願うといつか夢が叶う…ということを経験的に信じているので、語学講座でもやってその気になろう、と思った。で、行きたいのは具体的には南欧か、またはメキシコを含むラテンアメリカ。とりたててだいそれた目的はないし、行ったことがないわけでもないのだが、地中海の、もしくはカリブ海の明るい雰囲気が恋しい。それにまた、ラテン系諸言語がそもそも好きなのである。で、スペイン語とかポルトガル語はすでにある程度かじっているので(話せる、とは言わないが(^_^;))、まだあまりちゃんと触れたことのないイタリア語に挑戦しよう、と考えた。
とりあえずはNHKの語学講座である。昔は英会話講座をカセットテープに自動録音したものだが、今はむしろラジオをタイマーで録音するというシステムが我が家にない。ので、とりあえずテレビの語学講座でとっついてみることにする。毎日やっているラジオと違って1週間に1回なので、本格的に学ぶというよりはせいぜい「雰囲気をつかむ」ためのものだろうと思うが、当面はそれで十分だ。
で、タイマーでDVDレコーダーで自動録画して見てみた。
……で。思ったこと。
イタリア人(またはイタリア関連の日本人?)って、やっぱ、ものすご〜〜アホ! (←褒めてます)
「テレビでイタリア語」講座は、最初はベネチアの暮らしや観光案内のようなコーナーで、旅しているときに役立つであろう表現を、かなり的を絞って覚える仕立てになっていて、ここはいい。私の目的も旅行だから、それにも合致している。
けれど、その後の文法コーナーがすごい。
「文法戦隊、イタレンジャー!」
とか言っちゃって。2人の日本人研究員が、なにやら、よその星から地球を征服しようとするヤツら(イタリア語をしゃべる)を、変身してやっつける、のである。
悪玉3人組は、ダニエラさまという親玉の女性に命令されてイタレンジャーときょうも戦いに行くのであるが、彼らがまたズッコケ(死語?)3人組てな風情、あるいは、ヤッターマンのドロンジョさまとボヤッキー&トンズラーのイメージか。
でもってイタレンジャーは日夜、たとえば「イルのラー光線銃」みたいな武器を開発しつつイタリア版ドロンボー一味と戦う。
イルのラー光線とは、男性名詞にはil、女性名詞にはlaという定冠詞を付ける光線である。3人組が、「un tavolo!」(テーブル)と叫ぶと、イタレンジャーは「イルのら〜」光線を発射してそれを「il tavolo!」と変える。するてえと悪玉たちがううううとのけぞってはじきとばされてしまう。「una sedia!」(いす)と言われれば同様に「la sedia!」とやり、また悪玉たちが玉砕。
…てなことを延々と、そして毎回、やっているのだった。
えーーーーーと……?
でもねえ、スペイン語もポルトガル語も定冠詞の形は違うから、けっこうイルのラー光線もありがたい。何回も繰り返されると単語も覚えるしね。でも、やっぱりとてつもなくアホっぽい…そこがほんとに大好きになってしまうのだが。
ちなみにこのサイトではその一部が動画で見られます。
で、心にわき上がってきた疑問。もしかして他の言語の講座も同じぐらいアホしてるのであろうか? 語学講座もお堅いばかりが能ではなく、いろいろ工夫して親しみやすくしているのだろうから、他のを見てみないと「イタリア=オバカ」認定には早すぎる。
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とりあえずはNHKの語学講座である。昔は英会話講座をカセットテープに自動録音したものだが、今はむしろラジオをタイマーで録音するというシステムが我が家にない。ので、とりあえずテレビの語学講座でとっついてみることにする。毎日やっているラジオと違って1週間に1回なので、本格的に学ぶというよりはせいぜい「雰囲気をつかむ」ためのものだろうと思うが、当面はそれで十分だ。
で、タイマーでDVDレコーダーで自動録画して見てみた。
……で。思ったこと。
イタリア人(またはイタリア関連の日本人?)って、やっぱ、ものすご〜〜アホ! (←褒めてます)
「テレビでイタリア語」講座は、最初はベネチアの暮らしや観光案内のようなコーナーで、旅しているときに役立つであろう表現を、かなり的を絞って覚える仕立てになっていて、ここはいい。私の目的も旅行だから、それにも合致している。
けれど、その後の文法コーナーがすごい。
「文法戦隊、イタレンジャー!」
とか言っちゃって。2人の日本人研究員が、なにやら、よその星から地球を征服しようとするヤツら(イタリア語をしゃべる)を、変身してやっつける、のである。
悪玉3人組は、ダニエラさまという親玉の女性に命令されてイタレンジャーときょうも戦いに行くのであるが、彼らがまたズッコケ(死語?)3人組てな風情、あるいは、ヤッターマンのドロンジョさまとボヤッキー&トンズラーのイメージか。
でもってイタレンジャーは日夜、たとえば「イルのラー光線銃」みたいな武器を開発しつつイタリア版ドロンボー一味と戦う。
イルのラー光線とは、男性名詞にはil、女性名詞にはlaという定冠詞を付ける光線である。3人組が、「un tavolo!」(テーブル)と叫ぶと、イタレンジャーは「イルのら〜」光線を発射してそれを「il tavolo!」と変える。するてえと悪玉たちがううううとのけぞってはじきとばされてしまう。「una sedia!」(いす)と言われれば同様に「la sedia!」とやり、また悪玉たちが玉砕。
…てなことを延々と、そして毎回、やっているのだった。
えーーーーーと……?
でもねえ、スペイン語もポルトガル語も定冠詞の形は違うから、けっこうイルのラー光線もありがたい。何回も繰り返されると単語も覚えるしね。でも、やっぱりとてつもなくアホっぽい…そこがほんとに大好きになってしまうのだが。
ちなみにこのサイトではその一部が動画で見られます。
で、心にわき上がってきた疑問。もしかして他の言語の講座も同じぐらいアホしてるのであろうか? 語学講座もお堅いばかりが能ではなく、いろいろ工夫して親しみやすくしているのだろうから、他のを見てみないと「イタリア=オバカ」認定には早すぎる。
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2008年06月04日
ちっこい指揮者
東京は土曜日も雨、そして月曜日も雨でやたら寒くすらあったのに、日曜日だけはピーカンで暑かったのには、ワケがある。
日曜日は東京近辺のサンバチームが大集結しての「エンコントロ・ジ・アルモニア」という一大イベントがあったのだ。
サンビスタたちの文字通りの「能天気」パワーが数百人分も寄り集まれば、そこだけ夏になってしまうのも道理(か?)。
その中でも特に強力であるに違いない、この欄でもしばしば言及しているDちゃんも当然その能天気パワーの先頭にいた。
Dちゃんはここのところちょっと調子を崩し、しばらく野外のイベントに参加していなかったのだが、その不在がまたそのパワーを証明した。Dちゃんの参加しなかったBBQも、パレードも、見事に雨に降られたのである。まあ基本能天気の集まりなのでイベントが中止になるほどの雨ではなかったが、Dちゃんがいればいつだってピーカンだったことを思えばえらいこっちゃ。
そのDちゃんが復活して、やっぱりものの見事にピーカン、参加者はみんなあっというまに日焼けしまくる。
いつもはダンサーばかりが目立つ(というかダンサーしかほとんど認識されない)サンバイベントだが、この日ばかりは、「サンバのエンジン」打楽器隊が主役。各チームの打楽器隊が集合すると数百人規模のものになるのである。
轟音。
しかもどのサンバチームも、昔に比べて格段に上手になっている。研究熱心で練習好きな日本人は、追求し始めたらトコトンいくらしい。比べたことがないから分からないが、世界で本場ブラジルの次にサンバがさかんでしかも上手なのはあるいは日本ではあるまいか。
だから数百人の打楽器隊であっても、まあ一糸乱れずとまではいかないが、それほどグジャグジャにもならず、なかなかに心地よい。
その数百人の打楽器隊の指揮をするのが、まだ学生の女の子だった。昨年優勝した学生団体「ウニアン」のジレトール(打楽器隊指揮者)である。これがまた、学生で若いということをひきかえに見ても、「ちっちゃい女の子」なのだ。大学生なのだが、中学生かはたまた小学校高学年ぐらいにしか見えない背格好。
だが指揮ぶりは決然としているし、威厳すらある。そのちっちゃい女の子が、いかついオヤジどもも含まれた数百人を指揮するのである。
カッコエエ。
見ている人はそれだけで目を丸くするだろう。
実はわがチームの指揮者も同じように「ちっちゃい女の子」である。ま、彼女の場合実はとっくの昔に三十路突入しており、ほんとは「ちっちゃいオバサン」かもしれないが、やっぱり中学生ぐらいに見られることも往々にしてあるようだ。ブラジルに行ったときはちっちゃい女の子どころか、ちっちゃい男の子に見えていたらしく、現地の12〜3歳ぐらいの女の子に逆ナンパされかかっていたそうな(^_^;)。
普通のイメージと違う存在がなにかやっているのは、それだけでほんとにカッコいい。ちっちゃいジレトールを見ながらなんとなく嬉しくなってしまったよ。
↓このちっちゃさ! …よくよく写真を見ると、左奥の木のそばに、うちのチームの「ちっちゃい指揮者」の後ろ姿も(オレンジのTシャツ)

↓でもこんなオッサンたちを従えて…。それにしても見渡す限りの打楽器隊…。
日曜日は東京近辺のサンバチームが大集結しての「エンコントロ・ジ・アルモニア」という一大イベントがあったのだ。
サンビスタたちの文字通りの「能天気」パワーが数百人分も寄り集まれば、そこだけ夏になってしまうのも道理(か?)。
その中でも特に強力であるに違いない、この欄でもしばしば言及しているDちゃんも当然その能天気パワーの先頭にいた。
Dちゃんはここのところちょっと調子を崩し、しばらく野外のイベントに参加していなかったのだが、その不在がまたそのパワーを証明した。Dちゃんの参加しなかったBBQも、パレードも、見事に雨に降られたのである。まあ基本能天気の集まりなのでイベントが中止になるほどの雨ではなかったが、Dちゃんがいればいつだってピーカンだったことを思えばえらいこっちゃ。
そのDちゃんが復活して、やっぱりものの見事にピーカン、参加者はみんなあっというまに日焼けしまくる。
いつもはダンサーばかりが目立つ(というかダンサーしかほとんど認識されない)サンバイベントだが、この日ばかりは、「サンバのエンジン」打楽器隊が主役。各チームの打楽器隊が集合すると数百人規模のものになるのである。
轟音。
しかもどのサンバチームも、昔に比べて格段に上手になっている。研究熱心で練習好きな日本人は、追求し始めたらトコトンいくらしい。比べたことがないから分からないが、世界で本場ブラジルの次にサンバがさかんでしかも上手なのはあるいは日本ではあるまいか。
だから数百人の打楽器隊であっても、まあ一糸乱れずとまではいかないが、それほどグジャグジャにもならず、なかなかに心地よい。
その数百人の打楽器隊の指揮をするのが、まだ学生の女の子だった。昨年優勝した学生団体「ウニアン」のジレトール(打楽器隊指揮者)である。これがまた、学生で若いということをひきかえに見ても、「ちっちゃい女の子」なのだ。大学生なのだが、中学生かはたまた小学校高学年ぐらいにしか見えない背格好。
だが指揮ぶりは決然としているし、威厳すらある。そのちっちゃい女の子が、いかついオヤジどもも含まれた数百人を指揮するのである。
カッコエエ。
見ている人はそれだけで目を丸くするだろう。
実はわがチームの指揮者も同じように「ちっちゃい女の子」である。ま、彼女の場合実はとっくの昔に三十路突入しており、ほんとは「ちっちゃいオバサン」かもしれないが、やっぱり中学生ぐらいに見られることも往々にしてあるようだ。ブラジルに行ったときはちっちゃい女の子どころか、ちっちゃい男の子に見えていたらしく、現地の12〜3歳ぐらいの女の子に逆ナンパされかかっていたそうな(^_^;)。
普通のイメージと違う存在がなにかやっているのは、それだけでほんとにカッコいい。ちっちゃいジレトールを見ながらなんとなく嬉しくなってしまったよ。
↓このちっちゃさ! …よくよく写真を見ると、左奥の木のそばに、うちのチームの「ちっちゃい指揮者」の後ろ姿も(オレンジのTシャツ)
↓でもこんなオッサンたちを従えて…。それにしても見渡す限りの打楽器隊…。
2008年05月29日
主導権とは「場」の、そして「自分の人生」の主導権
下のエントリにturuさんのコメントが入り、うーむ、やはりそうとられてしまうよな、と思いつつ(いや別に不快だとか誤解だとかではなく、ちょっと十分ではない伝え方だったかなと)、慌ててちょっとリヴァイズ(つか言い訳)を試みる私。
はっ! これが「人に振り回されて右往左往」状態??
でもまあ冷静に考えてみれば私にリーダー的願望がないとは言えない。というか立場上どうしても人の前に立ってしゃべったり(歌ったり!)する機会も多いので、そういうときには文字通りその場をコントロールする役割が自分にそもそもあり、それがどうにも上手くいかないように思えて悩んでいるというのは真実だ。
だが下のエントリでイメージしているのは、むしろ「陰のリーダー(裏番??(^_^;))」状態。表だってその場を支配しているとかコントロールしているとか主導権を握っているとか誰も思いもしないのに、大勢としてはものごとを自分の望ましい方向に向けていくことができるし、他の人に支配されたり振り回されて右往左往はしないですむ…という。
他人を自分の思うとおりに「変える」という意味でもない。他人の意志なり心なりはきちんと尊重してとりたてて干渉はしない。
人を支配するのではなく、場を支配する、ということである。人に対しての主導権を握るのではなく、「場」にとっての主導権を持つ、という意味である。
つまり、「自分が自分の人生の主導権を握る」ということと言ってもいい。
だからそれ自体は「リーダー願望」とはむすびつかない。
むしろ、表だってリーダーになりたくない人にこそ必要なことではないかと思う。
また逆に、むやみにリーダー的になりたがる(表だって人を支配したがる…そのことによって自分の満足を求める)タイプの人にとっても重要な教訓かもしれない。
自分が流されず、自分が活きる、…「人のことをまず考える」ことこそが実は逆説的に、そのための最も有効な方法なのではないか、というのが主眼である。
無関係画像シリーズ きょうはVOWネタだい。萌え系です。
はっ! これが「人に振り回されて右往左往」状態??
でもまあ冷静に考えてみれば私にリーダー的願望がないとは言えない。というか立場上どうしても人の前に立ってしゃべったり(歌ったり!)する機会も多いので、そういうときには文字通りその場をコントロールする役割が自分にそもそもあり、それがどうにも上手くいかないように思えて悩んでいるというのは真実だ。
だが下のエントリでイメージしているのは、むしろ「陰のリーダー(裏番??(^_^;))」状態。表だってその場を支配しているとかコントロールしているとか主導権を握っているとか誰も思いもしないのに、大勢としてはものごとを自分の望ましい方向に向けていくことができるし、他の人に支配されたり振り回されて右往左往はしないですむ…という。
他人を自分の思うとおりに「変える」という意味でもない。他人の意志なり心なりはきちんと尊重してとりたてて干渉はしない。
人を支配するのではなく、場を支配する、ということである。人に対しての主導権を握るのではなく、「場」にとっての主導権を持つ、という意味である。
つまり、「自分が自分の人生の主導権を握る」ということと言ってもいい。
だからそれ自体は「リーダー願望」とはむすびつかない。
むしろ、表だってリーダーになりたくない人にこそ必要なことではないかと思う。
また逆に、むやみにリーダー的になりたがる(表だって人を支配したがる…そのことによって自分の満足を求める)タイプの人にとっても重要な教訓かもしれない。
自分が流されず、自分が活きる、…「人のことをまず考える」ことこそが実は逆説的に、そのための最も有効な方法なのではないか、というのが主眼である。
無関係画像シリーズ きょうはVOWネタだい。萌え系です。
2008年05月28日
スランプ?
なんだか気持ちが散漫な日々。
日記に書きたいこととか、英語関連でまとめておきたいこととか、ないわけではないし、さして忙しいとかいうこともないのだが、なんとなく書きそびれてしまう。
鬱、というわけでもまたない。なんだかダラランと平和な気分。
やる気が出ない、というのともなんか違う気がする、が、まあそれが一番近いのだろうか。
でもネガティブな気分ではなく、とりあえず「やらなければならないこと」が目の前にあればそれなりに機嫌良くやるのである。
でも、それ以上は「ま、いっか」みたいな気分でダラけてしまう。
あ、「やらなければならないこと」も切羽詰まってないとやらないなあ…。歯医者に行かなきゃ、とか台所の大掃除しなくちゃ、とか、そういうのはやっぱり「まいっか」組になってしまう。
その割に、またもやミシンで古くなった衣類をリフォームしたりとか、安く買った靴に細工して可愛くしてみたり、とかそういうことはなんだかけっこうせっせとやる。
結局のところ、形而上的なこと(ってほど高級なことを考えたことはないような気もするが)を考えたりするのが面倒で、ただ日常を、ダラケ気味ふやけ気味に送っている、と。
それがいいのか悪いのかよく分からん。
たまにはそういうときがあってもいいのかも、なんぞとも思うが(いや、たまにというよりけっこう今までも実はそんなんばっかりという説も)、やっぱりこれは本来の自分の求める姿ではないなあという焦りもちっとはある。
日記もぱったり止まったままで、「最高の自分をイメージして云々」という話題について「長くなるので別項」と書いたまま終わってしまった。実はその続きを自分の日記ソフトには書いているのだが、読み返してみてもさっぱり面白くない。
ん〜、ようするに、簡単に言えば、「書く」という行為についてスランプなのかも。で、それが自分なりにアイデンティティのような気もしているだけに、不安があるのかも
だらだら書くことにもそれなりにエネルギーがいるものなのだなあ、と改めて思ったり。書きたいことがないわけじゃないのに、それを文にするという行為に、我ながら意外なほどにエネルギー不足を感じる。
(ひょっとすると「ちりとてちん後遺症」かも。放映中に書きすぎてエネルギー使い果たした??)
てなことで、リハビリのつもりでまずはそういうよしなしごとを書いてみた。人生論とか幸福論とか大上段に構えるのに疲れているのかも…そういうときは日常のこまごまを書くのがいいのかも。
とりあえず書くという行為のしきいを低くしないとね。
日記に書きたいこととか、英語関連でまとめておきたいこととか、ないわけではないし、さして忙しいとかいうこともないのだが、なんとなく書きそびれてしまう。
鬱、というわけでもまたない。なんだかダラランと平和な気分。
やる気が出ない、というのともなんか違う気がする、が、まあそれが一番近いのだろうか。
でもネガティブな気分ではなく、とりあえず「やらなければならないこと」が目の前にあればそれなりに機嫌良くやるのである。
でも、それ以上は「ま、いっか」みたいな気分でダラけてしまう。
あ、「やらなければならないこと」も切羽詰まってないとやらないなあ…。歯医者に行かなきゃ、とか台所の大掃除しなくちゃ、とか、そういうのはやっぱり「まいっか」組になってしまう。
その割に、またもやミシンで古くなった衣類をリフォームしたりとか、安く買った靴に細工して可愛くしてみたり、とかそういうことはなんだかけっこうせっせとやる。
結局のところ、形而上的なこと(ってほど高級なことを考えたことはないような気もするが)を考えたりするのが面倒で、ただ日常を、ダラケ気味ふやけ気味に送っている、と。
それがいいのか悪いのかよく分からん。
たまにはそういうときがあってもいいのかも、なんぞとも思うが(いや、たまにというよりけっこう今までも実はそんなんばっかりという説も)、やっぱりこれは本来の自分の求める姿ではないなあという焦りもちっとはある。
日記もぱったり止まったままで、「最高の自分をイメージして云々」という話題について「長くなるので別項」と書いたまま終わってしまった。実はその続きを自分の日記ソフトには書いているのだが、読み返してみてもさっぱり面白くない。
ん〜、ようするに、簡単に言えば、「書く」という行為についてスランプなのかも。で、それが自分なりにアイデンティティのような気もしているだけに、不安があるのかも
だらだら書くことにもそれなりにエネルギーがいるものなのだなあ、と改めて思ったり。書きたいことがないわけじゃないのに、それを文にするという行為に、我ながら意外なほどにエネルギー不足を感じる。
(ひょっとすると「ちりとてちん後遺症」かも。放映中に書きすぎてエネルギー使い果たした??)
てなことで、リハビリのつもりでまずはそういうよしなしごとを書いてみた。人生論とか幸福論とか大上段に構えるのに疲れているのかも…そういうときは日常のこまごまを書くのがいいのかも。
とりあえず書くという行為のしきいを低くしないとね。
2008年05月02日
時が単純に「癒す」のではない
GWはなんか妙にヒマ。私自身は日曜と月曜がそもそも休みで、学校は「昭和の日」から1週間休みで、というわけで、27日からベタに休みなのである。
(非常勤で日給月給なので嬉しくも何ともない、それどころか来月末のやりくりに今から頭が痛い)。
翻訳の仕事が入ってくるはずなのだが、先方の職場がやはり休みに入っており、その間にネットのメンテナンスが実施されているらしく、メールが送れないという。それで原稿が受け取れず、やはり仕事に取りかかれない。
まあ懸案だった部屋の片付けとか本の整理とか、時間ができたらやろうと思っていたことをやっているが、そしてそれをやれる幸せをしみじみ噛みしめてはいるが、それでもやっぱり、「なんかないかな〜」と思ってしまう。
で、さっき、飲みに行きませんかという誘いがあって、二つ返事で飛びつく。近所の飲み屋だったが素晴らしく美味しいお酒とつまみに大満足。誘ってくれた人は、男厨という雑誌で特集されていたから是非来たかったのだというが、さすが取り上げられているだけのことはある。こういう店が近所にあるのは幸せ。その店についてはここ
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(非常勤で日給月給なので嬉しくも何ともない、それどころか来月末のやりくりに今から頭が痛い)。
翻訳の仕事が入ってくるはずなのだが、先方の職場がやはり休みに入っており、その間にネットのメンテナンスが実施されているらしく、メールが送れないという。それで原稿が受け取れず、やはり仕事に取りかかれない。
まあ懸案だった部屋の片付けとか本の整理とか、時間ができたらやろうと思っていたことをやっているが、そしてそれをやれる幸せをしみじみ噛みしめてはいるが、それでもやっぱり、「なんかないかな〜」と思ってしまう。
で、さっき、飲みに行きませんかという誘いがあって、二つ返事で飛びつく。近所の飲み屋だったが素晴らしく美味しいお酒とつまみに大満足。誘ってくれた人は、男厨という雑誌で特集されていたから是非来たかったのだというが、さすが取り上げられているだけのことはある。こういう店が近所にあるのは幸せ。その店についてはここ
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2008年04月29日
サンバ人は分かる!
日曜日には日比谷公園小音楽堂で、浅草エスコーラ・ジ・サンバ協会(AESA)主催のイベント。
ブラジル移民の最初の船笠戸丸が彼の地に赴いたのが1908年、つまり今年は100周年になる。それを記念してブラジル音楽やダンスのパフォーマンスをやろうということになったのだ。
サンバだけではなく、ブラジル北東部の音楽フォホーとか、バイーアのサンバヘギとか、あるいは日系人が結成したロックバンドとか、様々なバンドやダンスグループが次々にパフォーマンスを繰り広げる。
前日が雨で、当日の朝方もまだぐずついていたが、イベントの始まる12時頃からは晴れてきて、さわやかな気候に。無料イベントだし、野外だし、ということで、ピクニック気分。気を利かせてジャイアンが持ってきたお酒やつまみの周りに仲間で陣取り、リラックスして楽しむ。
実は私は出演者で、大トリの「AESAバンド」で歌うことになっている。浅草サンバカーニバルに参加する主要チームから、打楽器数人、歌手とダンサーがそれぞれ一人ずつピックアップされて参加するバンド。ソロじゃないから俄然気が楽。歌手は8人もいるし、前に出ることもないから、衣装もさして気合いを入れる必要もない。
てなことで、気楽にみんなでワイワイ。残念ながら前日のゆきちゃん追悼会で飲み過ぎて二日酔い気味でお酒は飲む気にならなかったが…。
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ブラジル移民の最初の船笠戸丸が彼の地に赴いたのが1908年、つまり今年は100周年になる。それを記念してブラジル音楽やダンスのパフォーマンスをやろうということになったのだ。
サンバだけではなく、ブラジル北東部の音楽フォホーとか、バイーアのサンバヘギとか、あるいは日系人が結成したロックバンドとか、様々なバンドやダンスグループが次々にパフォーマンスを繰り広げる。
前日が雨で、当日の朝方もまだぐずついていたが、イベントの始まる12時頃からは晴れてきて、さわやかな気候に。無料イベントだし、野外だし、ということで、ピクニック気分。気を利かせてジャイアンが持ってきたお酒やつまみの周りに仲間で陣取り、リラックスして楽しむ。
実は私は出演者で、大トリの「AESAバンド」で歌うことになっている。浅草サンバカーニバルに参加する主要チームから、打楽器数人、歌手とダンサーがそれぞれ一人ずつピックアップされて参加するバンド。ソロじゃないから俄然気が楽。歌手は8人もいるし、前に出ることもないから、衣装もさして気合いを入れる必要もない。
てなことで、気楽にみんなでワイワイ。残念ながら前日のゆきちゃん追悼会で飲み過ぎて二日酔い気味でお酒は飲む気にならなかったが…。
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2008年04月28日
ゆきちゃん、さよなら(その2)
土曜日は「ゆきちゃん」を追悼する会があった。
私は仕事があったのでずいぶん遅れていった。一応、会は午後6時から8時という案内で、私はどうしても8時近くになってしまうから間に合うだろうか、と思い、それでも「美華」の常連の集まりがそんな早く終わるはずはない、とも信じ、ともあれ仕事の後急いで駆けつける。
案の定、終わる気配などさらさらなく、会場は人で満杯。
追悼会の会場は、美華の下の階で営業しているカレー屋さんである。
美華はゆきちゃん自身が所有しているビルの2階で営業していた。3階は家族の住居で、昔は1階で美華を営業していたそうだが、今では1階は石垣島大好きなご夫婦による美味しいカレー屋さんになっている。ゆきちゃん自身がちゃんと面接して選んだ店子さんだから、ゆきちゃんとも仲良しで、カレー屋の営業が終わるとよくそこのマスターも美華に飲みに来ていた。
カレー屋でありながら泡盛も提供している、やっぱり変なお店である。

↑ありし日の美華とゆきちゃんを描いた私のイラスト(いつ描いたか不明)

その後写真を見つけたので追加。ある日の逆光の美華
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私は仕事があったのでずいぶん遅れていった。一応、会は午後6時から8時という案内で、私はどうしても8時近くになってしまうから間に合うだろうか、と思い、それでも「美華」の常連の集まりがそんな早く終わるはずはない、とも信じ、ともあれ仕事の後急いで駆けつける。
案の定、終わる気配などさらさらなく、会場は人で満杯。
追悼会の会場は、美華の下の階で営業しているカレー屋さんである。
美華はゆきちゃん自身が所有しているビルの2階で営業していた。3階は家族の住居で、昔は1階で美華を営業していたそうだが、今では1階は石垣島大好きなご夫婦による美味しいカレー屋さんになっている。ゆきちゃん自身がちゃんと面接して選んだ店子さんだから、ゆきちゃんとも仲良しで、カレー屋の営業が終わるとよくそこのマスターも美華に飲みに来ていた。
カレー屋でありながら泡盛も提供している、やっぱり変なお店である。
↑ありし日の美華とゆきちゃんを描いた私のイラスト(いつ描いたか不明)
その後写真を見つけたので追加。ある日の逆光の美華
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2008年04月14日
元気元気
きのうは1年ぶりに、サンバのベースドラムであるスルドを叩いてパレードに参加。自分の本来のチーム(リベルダージ)ではなく、そのメンバーのひとりが自主的に主宰している地域密着型のグループなのだが、でも実は半分以上がリベルダージのメンバーである。
リベルダージ本来の練習は月に2回で、浅草を筆頭にいろいろなパレードにも参加しているが、サンバに夢中!な面々はリベルダージ以外でも叩ける・踊れる場があるとどこでもせっせと参加してしまう。どこにいっても「いつものメンツ」がたくさんいるのだ。私自身は最近は土曜が仕事になり、そうでなくても平日も夜中心の仕事なのでなかなかそういう活動に参加できないのがかなりサビシー。

↑これがスルド 5年ぐらい前に私自身が叩いているときの写真だけれど、顔はあまりにデブで見苦しいので自主規制
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リベルダージ本来の練習は月に2回で、浅草を筆頭にいろいろなパレードにも参加しているが、サンバに夢中!な面々はリベルダージ以外でも叩ける・踊れる場があるとどこでもせっせと参加してしまう。どこにいっても「いつものメンツ」がたくさんいるのだ。私自身は最近は土曜が仕事になり、そうでなくても平日も夜中心の仕事なのでなかなかそういう活動に参加できないのがかなりサビシー。
↑これがスルド 5年ぐらい前に私自身が叩いているときの写真だけれど、顔はあまりにデブで見苦しいので自主規制
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2008年04月10日
ゆきちゃん、さよなら
「西荻のアヤシイ中華屋:美華」のマスター、ゆきちゃん(♂ 本名はサダユキさんである)が、今朝、亡くなったそうだ。
肝臓をやられていて、すでに癌にまでなっていたらしい。私と同じ戌年でひとまわり上なので、まだ62歳のはずである。若すぎる。
でもずいぶん前から肝臓は悪くしていたのだ。それでもお酒がなかなかやめられなかった。ゆきちゃんを知る人々はだれも、その死を聞いて、ええっ!と驚くと言うより、ああ…やっぱり…と思うのではないだろうか。
わが連れ合いは、わりに最近(2ヶ月ほど前?)も顔を出し、さすがにゆきちゃんもやっとお酒をやめたようでけっこう元気そうだったよ、と言っていたばかりだった。だが数週間前から、美華の看板がぜんぜん出ていない、おかしい、また入院したのだろうか、と気にしていた。数日前に常連のお仲間さんの方から連絡があって、やはり入院し、しかももう意識もないのだと聞いた。
意識もないのだが、それでも呼びかけたら嬉しいかもしれない、励みになるかもしれない、ということで、彼は他の人と一緒に、昨日、見舞いに行ってきた(私は仕事の関係で行かれなかった)。
でもやはりゆきちゃんは反応せず、今朝、ついに帰らぬ人となってしまった。
私自身最近はずいぶん長い間、美華にぜんぜん顔を出さずにいたので正直実感がわきにくい部分もあるのだが、しかしかつては本当によく遊びに行った。それを思うとやはり寂しさがこみ上げる。
いろいろよくしてもらったよなあ…。
最近足が遠のいていたことを今更ながらに少し後悔する。
ただ、行かずにいても、「美華がある」ってことは心の中でちょっとはよりどころになっていた気がする。
2年ぐらい前の大晦日、連れ合いは実家にひとりで帰ってしまったが仕事のあった私は独りで残り、だがさすがに大晦日には寂しくなって、すでに11時過ぎていたが美華に足を向けた。だがすでに閉まっていて、なんだかもっと打ちのめされた気分になったのを覚えている。そのころすでにゆきちゃんはちょっと元気がなくなっていたのだ。
でもたぶんもう少し早めに店に出かけていれば、年越しだってつきあってくれただろうな、ゆきちゃんは。
ゆきちゃんは人が大好きだったから、人もゆきちゃんが大好きだった。
これも「失うもの」のひとつではあるのだなあ。
でも、月並みな言い方ではあるが、思い出は残っている。
かつて「美華」について書いた日記を過去ログから探してみた。
(いろんなブログやサイトに散っているのだが)
これを再びリンクして、美華の思い出を新たにし、ゆきちゃんを偲ぶよすがにしたい。
サンバ化日記04/4月「文化のゆりかご?」
04/5/5 再び、「ある日の美華」
04/3/6日本一ブラジルっぽい店とは
04/2/10 美華で午前3時まで演奏!
03/1/1 美華に暮れ美華に明ける
02/12/30 怪しいラーメン屋での幸せなライブ
…ゆきちゃんのご冥福をお祈りいたします。
肝臓をやられていて、すでに癌にまでなっていたらしい。私と同じ戌年でひとまわり上なので、まだ62歳のはずである。若すぎる。
でもずいぶん前から肝臓は悪くしていたのだ。それでもお酒がなかなかやめられなかった。ゆきちゃんを知る人々はだれも、その死を聞いて、ええっ!と驚くと言うより、ああ…やっぱり…と思うのではないだろうか。
わが連れ合いは、わりに最近(2ヶ月ほど前?)も顔を出し、さすがにゆきちゃんもやっとお酒をやめたようでけっこう元気そうだったよ、と言っていたばかりだった。だが数週間前から、美華の看板がぜんぜん出ていない、おかしい、また入院したのだろうか、と気にしていた。数日前に常連のお仲間さんの方から連絡があって、やはり入院し、しかももう意識もないのだと聞いた。
意識もないのだが、それでも呼びかけたら嬉しいかもしれない、励みになるかもしれない、ということで、彼は他の人と一緒に、昨日、見舞いに行ってきた(私は仕事の関係で行かれなかった)。
でもやはりゆきちゃんは反応せず、今朝、ついに帰らぬ人となってしまった。
私自身最近はずいぶん長い間、美華にぜんぜん顔を出さずにいたので正直実感がわきにくい部分もあるのだが、しかしかつては本当によく遊びに行った。それを思うとやはり寂しさがこみ上げる。
いろいろよくしてもらったよなあ…。
最近足が遠のいていたことを今更ながらに少し後悔する。
ただ、行かずにいても、「美華がある」ってことは心の中でちょっとはよりどころになっていた気がする。
2年ぐらい前の大晦日、連れ合いは実家にひとりで帰ってしまったが仕事のあった私は独りで残り、だがさすがに大晦日には寂しくなって、すでに11時過ぎていたが美華に足を向けた。だがすでに閉まっていて、なんだかもっと打ちのめされた気分になったのを覚えている。そのころすでにゆきちゃんはちょっと元気がなくなっていたのだ。
でもたぶんもう少し早めに店に出かけていれば、年越しだってつきあってくれただろうな、ゆきちゃんは。
ゆきちゃんは人が大好きだったから、人もゆきちゃんが大好きだった。
これも「失うもの」のひとつではあるのだなあ。
でも、月並みな言い方ではあるが、思い出は残っている。
かつて「美華」について書いた日記を過去ログから探してみた。
(いろんなブログやサイトに散っているのだが)
これを再びリンクして、美華の思い出を新たにし、ゆきちゃんを偲ぶよすがにしたい。
サンバ化日記04/4月「文化のゆりかご?」
04/5/5 再び、「ある日の美華」
04/3/6日本一ブラジルっぽい店とは
04/2/10 美華で午前3時まで演奏!
03/1/1 美華に暮れ美華に明ける
02/12/30 怪しいラーメン屋での幸せなライブ
…ゆきちゃんのご冥福をお祈りいたします。
2008年04月09日
探せば見つかる
最近ハマっていること二つ。
ひとつはフルートで、これは別に今始めたばかりのことではないが、ふとしたことでクラシックのフルート名曲のMidiファイルがたくさんWEB上にあることを発見。
(たとえば ここ とか ここ)
今まで、楽譜は譜面集の中にあって持っていても、どういう曲なのか知らなかったものもこれで改めて聞いてみるとなかなかよろしい。もっとも音質は合成音なのでフルートはあまりフルートらしくないのだが。
おまけに、Midiファイルの場合、とあるソフトで操作すると楽譜として出力されることが分かった。
さらに、楽譜を操作してからまたmidiに出力することもできるので、マイナス1音源も簡単に作れる。
これらで何ができるかというと、そのmidiファイルの音源をMP3に変換して持ち出し、カラオケボックスでラインを使ってマイク端子に入力し、それをスピーカから出して「フルート用のカラオケ」とするのである。仕事の合間の空き時間などにすかさず近所のカラオケボックスに行ってはそれをやっている。
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ひとつはフルートで、これは別に今始めたばかりのことではないが、ふとしたことでクラシックのフルート名曲のMidiファイルがたくさんWEB上にあることを発見。
(たとえば ここ とか ここ)
今まで、楽譜は譜面集の中にあって持っていても、どういう曲なのか知らなかったものもこれで改めて聞いてみるとなかなかよろしい。もっとも音質は合成音なのでフルートはあまりフルートらしくないのだが。
おまけに、Midiファイルの場合、とあるソフトで操作すると楽譜として出力されることが分かった。
さらに、楽譜を操作してからまたmidiに出力することもできるので、マイナス1音源も簡単に作れる。
これらで何ができるかというと、そのmidiファイルの音源をMP3に変換して持ち出し、カラオケボックスでラインを使ってマイク端子に入力し、それをスピーカから出して「フルート用のカラオケ」とするのである。仕事の合間の空き時間などにすかさず近所のカラオケボックスに行ってはそれをやっている。
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2008年04月04日
花!花!
佳き春よ
久しぶりに善福寺公園まで散歩。
素晴らしかった。
きのうは通勤途上で一駅分歩き井の頭公園を経由してみたが、午後だったせいもあるだろう、もう人また人。満開をとうにすぎた平日でこれだから、週末の混雑は推して知るべしである。
だが善福寺公園は、地の利が悪いことが幸いしてとても静かだった。午前中(昼近くだったけれど)ということもあるだろうが、ブルーシートの場所取りもほとんどない。
桜はすでに散り始めているが、それがまるで雪のようでまた美しい。とても暖かいのだが少し風があり、風が吹くたび文字通りの花吹雪。
道にも散った花びらが敷き詰められている。

井の頭公園の桜の木は池の際に植えられているが、ここの桜は池の周囲の道を隔てて植えられている。そして大きな枝が池の上まで伸びている。だから道が桜のトンネルのようになっているのだ。
その中でもすばらしい枝振りの木の下にあったベンチに座って一休み。桜花の天蓋をいただいた特別席だ。私の上にも花びらが絶えず降ってくる。
池の水面にも花びらが敷き詰められているが、足こぎボートが通るとそれがまるでモーゼの奇跡のように左右に分かれ、一筋の航跡が残る。

なんて美しいときだったろうか。
花見!と称して小金井公園にわいわい出かけていったのは先日日曜日で、この日も桜はもちろん美しかったが、ちょっと寒くて天気もいまひとつ。まあこの日は「花よりダンゴ、ダンゴより肉、肉より酒!」というのが当初からのコンセプトなのでそれはそれでまったくオッケー。例によって楽しかったしね。
でも本来の花見のコンセプトから言ったら、ひとりっきりだったけど、今日が最高だったなあ。
なんでも楽しくて、嬉しい。
佳き哉佳き哉。
地面にも目をやると、すみれやタンポポがたくさん咲いている。
ふと、「ちりとてちん」で師匠の十八番だった「愛宕山」の一節が頭に浮かぶ。
「…野辺へ出てまいりますと、春先のことで、空にはひばりがピーチクパーチクピーチクパーチクさえずって、下にはレンゲ、タンポポの花盛り。
陽炎がこうもえ立ちまして、遠山にはすーっと霞の帯を引いたよう。
麦が青々と伸びて、菜種の花が彩っていようかという本陽気。
やっかましゅう言うてやってまいります、
その道中の、陽〜〜気なこと!!」
人生という道中を陽〜〜気に行こう!
(あらためて「ちりとてちん」のメッセージが身にしみる)
素晴らしかった。
きのうは通勤途上で一駅分歩き井の頭公園を経由してみたが、午後だったせいもあるだろう、もう人また人。満開をとうにすぎた平日でこれだから、週末の混雑は推して知るべしである。
だが善福寺公園は、地の利が悪いことが幸いしてとても静かだった。午前中(昼近くだったけれど)ということもあるだろうが、ブルーシートの場所取りもほとんどない。
桜はすでに散り始めているが、それがまるで雪のようでまた美しい。とても暖かいのだが少し風があり、風が吹くたび文字通りの花吹雪。
道にも散った花びらが敷き詰められている。
井の頭公園の桜の木は池の際に植えられているが、ここの桜は池の周囲の道を隔てて植えられている。そして大きな枝が池の上まで伸びている。だから道が桜のトンネルのようになっているのだ。
その中でもすばらしい枝振りの木の下にあったベンチに座って一休み。桜花の天蓋をいただいた特別席だ。私の上にも花びらが絶えず降ってくる。
池の水面にも花びらが敷き詰められているが、足こぎボートが通るとそれがまるでモーゼの奇跡のように左右に分かれ、一筋の航跡が残る。
なんて美しいときだったろうか。
花見!と称して小金井公園にわいわい出かけていったのは先日日曜日で、この日も桜はもちろん美しかったが、ちょっと寒くて天気もいまひとつ。まあこの日は「花よりダンゴ、ダンゴより肉、肉より酒!」というのが当初からのコンセプトなのでそれはそれでまったくオッケー。例によって楽しかったしね。
でも本来の花見のコンセプトから言ったら、ひとりっきりだったけど、今日が最高だったなあ。
なんでも楽しくて、嬉しい。
佳き哉佳き哉。
地面にも目をやると、すみれやタンポポがたくさん咲いている。
ふと、「ちりとてちん」で師匠の十八番だった「愛宕山」の一節が頭に浮かぶ。
「…野辺へ出てまいりますと、春先のことで、空にはひばりがピーチクパーチクピーチクパーチクさえずって、下にはレンゲ、タンポポの花盛り。
陽炎がこうもえ立ちまして、遠山にはすーっと霞の帯を引いたよう。
麦が青々と伸びて、菜種の花が彩っていようかという本陽気。
やっかましゅう言うてやってまいります、
その道中の、陽〜〜気なこと!!」
人生という道中を陽〜〜気に行こう!
(あらためて「ちりとてちん」のメッセージが身にしみる)
2008年03月27日
どーてもいい闘病記(?)
ううう。
折り返さないで突っ走るぞ−、とか景気よくぶち上げたとたん、高熱出して寝込んでしもた…。
まあ単に風邪というか、気管支炎だったのだが、私はそういう単なる風邪ですらめったに引いたことはなく、ましてや高熱が何日も続くなんてことはここ20年ぐらいついぞなかったことである。熱が出てもせいぜい1日ですぐ下がった。
でも今回は、1週間近く続いてしまった…。
誕生日ライブの後(いやその前、PCを入れ替えた3月はじめの頃から)めったやたら忙しく、17日の月曜日にはやっとこさ確定申告を期限ぎりぎりで提出し、ほっと一息…ついたとたんに寒気が。その夜はさっさと寝ることにしたのだが、翌日になっても熱は下がらず、せめて昼間にある1クラスだけでもだれかに代わってもらえないかと職場に電話するも、そもそも一人先生が足りないので難しいとのこと、バファリン飲んで若干楽になっていたので、それならなんとか行きます、ととりあえず出かけていった。だがその1コマの授業をやっている最中から再び熱が上がってきたようで「こりゃだめだ…」状態。授業が終わって、「や、やっぱりダメ…」とスタッフに泣きつき、とりあえず1時間後に入っていたプライベートクラスをドタキャンさせてもらってとりあえず近所の病院へ。インフルエンザだったらさすがに授業するわけにいかないし、と思ったが、幸いインフルエンザではなかった。私はそもそもインフルエンザにかかったという記憶が全くない。周りにどんなに流行っていてもかからない。たぶん自然の抗体があるんだと思われる。
その医者はどうも後から考えるとヤブだったらありゃしなくて、処方された薬はなぜか「鼻水を抑える薬」。でもそのとき私は鼻水系はいっさいなかったのだ…。が、その薬ではなくやはりバファリンがきいたらしく少し楽になっていたので、授業は続けようと思って学校に戻ると、さすがにスタッフがなんとかやりくりして夜の3コマ分を他の人に振り分けてくれていた。それで早退させてもらう。
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折り返さないで突っ走るぞ−、とか景気よくぶち上げたとたん、高熱出して寝込んでしもた…。
まあ単に風邪というか、気管支炎だったのだが、私はそういう単なる風邪ですらめったに引いたことはなく、ましてや高熱が何日も続くなんてことはここ20年ぐらいついぞなかったことである。熱が出てもせいぜい1日ですぐ下がった。
でも今回は、1週間近く続いてしまった…。
誕生日ライブの後(いやその前、PCを入れ替えた3月はじめの頃から)めったやたら忙しく、17日の月曜日にはやっとこさ確定申告を期限ぎりぎりで提出し、ほっと一息…ついたとたんに寒気が。その夜はさっさと寝ることにしたのだが、翌日になっても熱は下がらず、せめて昼間にある1クラスだけでもだれかに代わってもらえないかと職場に電話するも、そもそも一人先生が足りないので難しいとのこと、バファリン飲んで若干楽になっていたので、それならなんとか行きます、ととりあえず出かけていった。だがその1コマの授業をやっている最中から再び熱が上がってきたようで「こりゃだめだ…」状態。授業が終わって、「や、やっぱりダメ…」とスタッフに泣きつき、とりあえず1時間後に入っていたプライベートクラスをドタキャンさせてもらってとりあえず近所の病院へ。インフルエンザだったらさすがに授業するわけにいかないし、と思ったが、幸いインフルエンザではなかった。私はそもそもインフルエンザにかかったという記憶が全くない。周りにどんなに流行っていてもかからない。たぶん自然の抗体があるんだと思われる。
その医者はどうも後から考えるとヤブだったらありゃしなくて、処方された薬はなぜか「鼻水を抑える薬」。でもそのとき私は鼻水系はいっさいなかったのだ…。が、その薬ではなくやはりバファリンがきいたらしく少し楽になっていたので、授業は続けようと思って学校に戻ると、さすがにスタッフがなんとかやりくりして夜の3コマ分を他の人に振り分けてくれていた。それで早退させてもらう。
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2008年03月10日
半世紀目の誕生日
そんなわけで半世紀目の誕生日を迎え、ま、元気。
誕生日ライブには月曜日にもかかわらずたくさんの人が来てくださって感激。
(来てくださった方々、ほんとうにありがとう!!!)
自意識過剰だからこそ、普段はそんなに誕生日誕生日と騒ぐことはしないつもりなのだが(言ってもだれも反応してくれなかったらどーしよーとか思って)、今年に関しては、なんたって半世紀。ま、ちょっとぐらい自分で騒いでもかわいいもんでしょ、と勝手に思い、そうはいってもややおずおずと、いやしかしこういうのはそれなりに開き直らないとかえってカッコ悪い、とも思い、けっこう自ら花火あげておりました。
前日の9日も、仲良しのジャイアンに(^ ^;)、「40代最後の日」ってことで飲みに行くのつきあってよ〜とねだり、するとジャイアンは「いつものメンツ」にも声をかけてくれ、5人で飲みに行く。別に一緒に行ってくれればおごってくれたりしなくていいからね、と言ってあったのだけど、やっぱりおごってくれちゃいましたのでお言葉に甘える。プレゼントももらって嬉しい。
で、10日当日。文字通り「抱えきれないほど」の花束やら、高そうなシャンパンやワイン
やら、以前のライブのときの私の姿を納めたフォトフレームやら、ちりとてちんTシャツやら、いろんなプレゼントを頂いてしまい、おまけにライブも、何を歌っても何をしゃべっても大いにウケて頂き盛り上がって頂き、いや〜、われながら調子に乗りまくり。自分で花火あげてた甲斐がありました。
つくづくワタシは果報者であります。
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誕生日ライブには月曜日にもかかわらずたくさんの人が来てくださって感激。
(来てくださった方々、ほんとうにありがとう!!!)
自意識過剰だからこそ、普段はそんなに誕生日誕生日と騒ぐことはしないつもりなのだが(言ってもだれも反応してくれなかったらどーしよーとか思って)、今年に関しては、なんたって半世紀。ま、ちょっとぐらい自分で騒いでもかわいいもんでしょ、と勝手に思い、そうはいってもややおずおずと、いやしかしこういうのはそれなりに開き直らないとかえってカッコ悪い、とも思い、けっこう自ら花火あげておりました。
前日の9日も、仲良しのジャイアンに(^ ^;)、「40代最後の日」ってことで飲みに行くのつきあってよ〜とねだり、するとジャイアンは「いつものメンツ」にも声をかけてくれ、5人で飲みに行く。別に一緒に行ってくれればおごってくれたりしなくていいからね、と言ってあったのだけど、やっぱりおごってくれちゃいましたのでお言葉に甘える。プレゼントももらって嬉しい。
で、10日当日。文字通り「抱えきれないほど」の花束やら、高そうなシャンパンやワイン
やら、以前のライブのときの私の姿を納めたフォトフレームやら、ちりとてちんTシャツやら、いろんなプレゼントを頂いてしまい、おまけにライブも、何を歌っても何をしゃべっても大いにウケて頂き盛り上がって頂き、いや〜、われながら調子に乗りまくり。自分で花火あげてた甲斐がありました。
つくづくワタシは果報者であります。
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2008年03月09日
40代最後の日
てなことで。40代最後の日。
30代最後だった10年前は、なんだかもっと心焦っていた。「人生80年、40歳はまさに折り返し?」と思い、それまでに「なにごともなしていない」自分を思い、このままじゃやばい、と思い、しかしやばいと思えば思うほどエネルギーが失われてしまう感覚に悩み、「プチうつ」だった。
それからしばらくして開き直ったのか、あまりウツウツしなくなり、その結果というかなんというか、10年前から結局なにも進歩していないし、やっぱりこの10年で何もできなかった。そう改めて書いてしまうと、やっぱりヤバイよなあ、と思えてくるし、困ったものだ、なのだが、不思議とやっぱり、10年前より気持ちが落ち着いている。
あるいは「節目」の歳が近づいてくればまた焦る気持ちにもなってしまうのかもしれない、と思っていたが、半世紀めの誕生日を明日に控えた今、ほんとに穏やかな気分。それがいいのか悪いのかわからないが…。
いい意味で「あきらめてしまった」とも言えるかもしれない。
でも、今私が思っていることは、50年目のほうが40年目より「折り返す」にはふさわしいような気がする、人生は80年じゃなくて100年生きればいいじゃないか。さらには、そういや古来「一巡」するのは還暦の60なんだから、そこで折り返して120年生きればいいじゃないか、とか…。で、またさらにふと思った。
「別に『折り返す』必要なんてないじゃん!」
ただ突っ走っていればいいのだ。
今更別にきちんと人生に後始末をつけなくたってよかろう。ただ死ぬまで生きるだけ。あたりまえだが。
やり残したことなんてあってあたりまえだ。なにもすべてに決着をつけて
「ああ、これで何も思い残すことはない、あとはいつでもお迎えにきてもらおう」
なんて日が仮に来たとして、その後の人生は平和とか穏やかというより
「退屈」
な気がする。
(で結局また何かに手を出して、やっぱり中途半端になってしまうとか)
ってかそんな境地に達せる人なんてめったにいないだろう。みんなそこそこ「思い残し」ジタバタしながら死んでいくのだ。
ならばせいぜい
「ええ?もう帰る時間?あ〜〜、もう少し遊びたかったのにな〜〜」
てなふうに、楽しい遊びを終えなければならない子供のような心境になれるべく、楽しく楽しく夢中になって遊んでいたらいい。「もう少し〜したかったな」ぐらいがなににつけちょうどいいのだ。
それでも「折り返せ」と言い張るなら(だれが?神様?)、ちゃんと歳の方もまた元のように若くしていってほしいもんである。そうじゃないんだから、折り返したりしない。
そういや、最近読んだ「変な人の書いた成功法則」(by斎藤一人)にもあったなあ。
著者は200歳まで生きると本気で信じている、と書き、だから毎日ガツガツ焦らずに生きているという。それで
「よしんば私が80歳で死んだとしても、『生きていられるのもあと何年か』と考えながら毎日ガツガツして生きた人より、私の方が絶対に得じゃないですか。毎日死に向かって生きる人より、あと150年ある、未来がある、と思って生きている人の方が毎日楽しいに決まっています」
そうだ、そうだよな、と思う。
少し違うが、「生きがいの創造」(by飯田史彦)という本にも、「生まれ変わり(輪廻転生)」を信じている、だから今生でなにかが上手くいかなくてもむやみに嘆く必要はない、と著者は書き、生まれ変わりがあるのかどうか誰も確かめられない、誰も証明できない、とすれば、それを信じて心楽しく生きている方が「得だ」と書いてあった。死んでしまって、もし仮に生まれ変わるなんてことはなかった、としても、それならばもうその人はなにも感じないということだし。どっちに転んでも損はしない、と。
これも読んだとき、そうだよな、と思った。
だから私は、50歳で折り返したりせず、200歳はともかくとしても少なくとも150歳まで生きることに決め、そして来世は生まれ変わってまた「続き」をする、ことに決めた。
だから焦らない。
身体的にはさすがにガタが来ていてしんどい部分も多々あるけれど、焦らずゆっくり物事をやればそれほど大変ではないではないか。疲れたら休めばいいのだ。まだ時間はたっぷりあるのだから。若い頃でなければできない、ことがあるのではない。若い頃と「同じようには」できない、だけである。
おりしもきのう職場で、私よりも年配の生徒さんの一人が若干機嫌を損ねることがあり、マネージャーたちが私と、もうひとりたぶん私と同年代のベテラン先生に、その人を説得するべく力を貸してほしいと頼んできた。ある程度年配のかたであると、あまり「若造」が話すともっとへそをまげてしまいかねない、と言うのである。
年の功ってのもあるでしょ、とここぞとばかりに私は得意になって若いマネージャーにイバる。そうしたら、うちの会社(私は非常勤ではあるが)には「定年」というのはないらしいから、先生たちも、元気であるかぎり、70歳でも80歳でも続けてください、実際、社長もそんなふうに(一般論として)言っていました、とそのマネージャーに言われた。私はますます意気軒昂になり(^_^;)、90代の現役医者として有名な日野原先生に負けず、私も100まで教える!と鼻息荒くしたのだった。
(結局時間の関係で私自身はその方と話すことができなかったのだが、もうひとりのベテラン先生がちゃんと「年の功」を発揮してあっさり説得できたらしい)
てなことで、あすは50代。でもまだ青春まっただ中さ!(^_^;)(^_^;)
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てなわけで「生誕半世紀!」を記念して??誕生日ライブやります。
あす3/10(月)大塚にて。詳細こちら
30代最後だった10年前は、なんだかもっと心焦っていた。「人生80年、40歳はまさに折り返し?」と思い、それまでに「なにごともなしていない」自分を思い、このままじゃやばい、と思い、しかしやばいと思えば思うほどエネルギーが失われてしまう感覚に悩み、「プチうつ」だった。
それからしばらくして開き直ったのか、あまりウツウツしなくなり、その結果というかなんというか、10年前から結局なにも進歩していないし、やっぱりこの10年で何もできなかった。そう改めて書いてしまうと、やっぱりヤバイよなあ、と思えてくるし、困ったものだ、なのだが、不思議とやっぱり、10年前より気持ちが落ち着いている。
あるいは「節目」の歳が近づいてくればまた焦る気持ちにもなってしまうのかもしれない、と思っていたが、半世紀めの誕生日を明日に控えた今、ほんとに穏やかな気分。それがいいのか悪いのかわからないが…。
いい意味で「あきらめてしまった」とも言えるかもしれない。
でも、今私が思っていることは、50年目のほうが40年目より「折り返す」にはふさわしいような気がする、人生は80年じゃなくて100年生きればいいじゃないか。さらには、そういや古来「一巡」するのは還暦の60なんだから、そこで折り返して120年生きればいいじゃないか、とか…。で、またさらにふと思った。
「別に『折り返す』必要なんてないじゃん!」
ただ突っ走っていればいいのだ。
今更別にきちんと人生に後始末をつけなくたってよかろう。ただ死ぬまで生きるだけ。あたりまえだが。
やり残したことなんてあってあたりまえだ。なにもすべてに決着をつけて
「ああ、これで何も思い残すことはない、あとはいつでもお迎えにきてもらおう」
なんて日が仮に来たとして、その後の人生は平和とか穏やかというより
「退屈」
な気がする。
(で結局また何かに手を出して、やっぱり中途半端になってしまうとか)
ってかそんな境地に達せる人なんてめったにいないだろう。みんなそこそこ「思い残し」ジタバタしながら死んでいくのだ。
ならばせいぜい
「ええ?もう帰る時間?あ〜〜、もう少し遊びたかったのにな〜〜」
てなふうに、楽しい遊びを終えなければならない子供のような心境になれるべく、楽しく楽しく夢中になって遊んでいたらいい。「もう少し〜したかったな」ぐらいがなににつけちょうどいいのだ。
それでも「折り返せ」と言い張るなら(だれが?神様?)、ちゃんと歳の方もまた元のように若くしていってほしいもんである。そうじゃないんだから、折り返したりしない。
そういや、最近読んだ「変な人の書いた成功法則」(by斎藤一人)にもあったなあ。
著者は200歳まで生きると本気で信じている、と書き、だから毎日ガツガツ焦らずに生きているという。それで
「よしんば私が80歳で死んだとしても、『生きていられるのもあと何年か』と考えながら毎日ガツガツして生きた人より、私の方が絶対に得じゃないですか。毎日死に向かって生きる人より、あと150年ある、未来がある、と思って生きている人の方が毎日楽しいに決まっています」
そうだ、そうだよな、と思う。
少し違うが、「生きがいの創造」(by飯田史彦)という本にも、「生まれ変わり(輪廻転生)」を信じている、だから今生でなにかが上手くいかなくてもむやみに嘆く必要はない、と著者は書き、生まれ変わりがあるのかどうか誰も確かめられない、誰も証明できない、とすれば、それを信じて心楽しく生きている方が「得だ」と書いてあった。死んでしまって、もし仮に生まれ変わるなんてことはなかった、としても、それならばもうその人はなにも感じないということだし。どっちに転んでも損はしない、と。
これも読んだとき、そうだよな、と思った。
だから私は、50歳で折り返したりせず、200歳はともかくとしても少なくとも150歳まで生きることに決め、そして来世は生まれ変わってまた「続き」をする、ことに決めた。
だから焦らない。
身体的にはさすがにガタが来ていてしんどい部分も多々あるけれど、焦らずゆっくり物事をやればそれほど大変ではないではないか。疲れたら休めばいいのだ。まだ時間はたっぷりあるのだから。若い頃でなければできない、ことがあるのではない。若い頃と「同じようには」できない、だけである。
おりしもきのう職場で、私よりも年配の生徒さんの一人が若干機嫌を損ねることがあり、マネージャーたちが私と、もうひとりたぶん私と同年代のベテラン先生に、その人を説得するべく力を貸してほしいと頼んできた。ある程度年配のかたであると、あまり「若造」が話すともっとへそをまげてしまいかねない、と言うのである。
年の功ってのもあるでしょ、とここぞとばかりに私は得意になって若いマネージャーにイバる。そうしたら、うちの会社(私は非常勤ではあるが)には「定年」というのはないらしいから、先生たちも、元気であるかぎり、70歳でも80歳でも続けてください、実際、社長もそんなふうに(一般論として)言っていました、とそのマネージャーに言われた。私はますます意気軒昂になり(^_^;)、90代の現役医者として有名な日野原先生に負けず、私も100まで教える!と鼻息荒くしたのだった。
(結局時間の関係で私自身はその方と話すことができなかったのだが、もうひとりのベテラン先生がちゃんと「年の功」を発揮してあっさり説得できたらしい)
てなことで、あすは50代。でもまだ青春まっただ中さ!(^_^;)(^_^;)
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あす3/10(月)大塚にて。詳細こちら
2008年02月03日
そうなんですね
大修館書店の「問題な日本語」という本がブックオフで200円だったので購入。
この本で好ましかったのは、ちまたで最近耳にする言い回しについて、明らかに現時点では文法的には「間違い」であっても、だからけしからん!とするのではなく、なぜそんなふうに使われるようになったのかという「キモチ」まで分析し、言葉の変化の途上であるかもしれないとしている点だ。言うまでもなく言葉は生き物だし、今を生きる人間の使うものだから、今を生きるキモチに即しているほうが「正しい」とさえ言える。
若ぶりたいわけではないが、だから、今の若者が好んで使うとされる多くの言葉にも私は嫌悪感はなく、なんじゃそれ、と思いながらも楽しんで、自分も使いたがったりする。
けれど、抵抗を感じてしかたがないものもなかにはある。とりわけ、コンビニやファミレスでの接客に際して使われる、たとえば「○○円『から』お預かりします」とか「ご注文は○○でよろしかったでしょうか」「○○のほう、お持ちしました」とかの言い回しには抵抗を感じるのだ。それが彼らの「キモチ」から出てきた生き生きした言葉、というのではなく、マニュアル化された(とはいえマニュアルにはそうは書いてないのでは、と思うが、先輩たちから伝承されたのだろう)ものなので、そのあたりも気に入らないのかもしれない。それでいいのか!お前!と言いたくなってしまう。
それはともかく。
いま気になって仕方がないのが、実は自分の職場でのことである。
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この本で好ましかったのは、ちまたで最近耳にする言い回しについて、明らかに現時点では文法的には「間違い」であっても、だからけしからん!とするのではなく、なぜそんなふうに使われるようになったのかという「キモチ」まで分析し、言葉の変化の途上であるかもしれないとしている点だ。言うまでもなく言葉は生き物だし、今を生きる人間の使うものだから、今を生きるキモチに即しているほうが「正しい」とさえ言える。
若ぶりたいわけではないが、だから、今の若者が好んで使うとされる多くの言葉にも私は嫌悪感はなく、なんじゃそれ、と思いながらも楽しんで、自分も使いたがったりする。
けれど、抵抗を感じてしかたがないものもなかにはある。とりわけ、コンビニやファミレスでの接客に際して使われる、たとえば「○○円『から』お預かりします」とか「ご注文は○○でよろしかったでしょうか」「○○のほう、お持ちしました」とかの言い回しには抵抗を感じるのだ。それが彼らの「キモチ」から出てきた生き生きした言葉、というのではなく、マニュアル化された(とはいえマニュアルにはそうは書いてないのでは、と思うが、先輩たちから伝承されたのだろう)ものなので、そのあたりも気に入らないのかもしれない。それでいいのか!お前!と言いたくなってしまう。
それはともかく。
いま気になって仕方がないのが、実は自分の職場でのことである。
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