2009年07月16日

「私は幸福である」という「意志」

「起こることはすべて善きことである」という「意志」を持とう。
日本語がヘンだが、あえてこれでいいことにする。
問題は「意志」なのだ。

だれにでも彼にでも、起こることがすべて善きことなのではない。意志した人にのみそれが保証される。



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2009年06月25日

脱「ビンボ」宣言!

「思考は現実化する」
というコンセプトの本を今までにも何冊も読んできた(本家本元の「ナボレオン・ヒル」のは読んでないのだが…)。
そしてその提唱することにはいちいち大いに賛同しているし、信じてもいるのだが、どうしても実践が伴わない。心の底では、「いやまさかね。そんな簡単に上手くいくはずない」と思ってしまっているのだろう。

だがつらつら考えてみると、たしかに、私にとってこれまでも「思考は現実化してきた」のだと思える。

教え好き、かつ「教わり嫌い」の私にとって、また以前にも書いたように、自分のペースを乱されることが極端に苦手な私にとって、現在の立場(職業的にも、かつ趣味生活においても)はある意味で「理想的」である。こんなふうになっていたかったんだ、と思える。

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2009年03月16日

ありがたやありがたや

しつこい?

しつこいですね、はい。

でもホントに、我ながら驚くような心理的効果なのよ。

早食い大食い、そしてせっかちな私は、たとえば間食になにかおやつを買ってくると、袋ごと机に持ってきて、作業をしながら食べるんだけど、それがものすごい勢いで、袋が空になるまでやめないし、作業しながら食べているくせにやたらめったら速く、あっという間に「終了」してしまうので、結局また「口寂しい」時間ができてまた食べてしまう。
そりゃそんなことしてたら太るわ。

料理をしても、「足りないとやだ」という強迫観念があって、量を作りすぎ、「ちょっと残してもしょうがないし」とか言って全部食べてしまい、食べ過ぎて苦しくて次の行動に移れず、寝転がったりして、文字通り
「牛になって」
いたのであった。

で、それの「悪い」ことは百も承知で、
ゆっくり味わって少しずつ食べ「なきゃだめ」、と思っていた。
でもその簡単なことがなぜか出来ない。


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2009年03月12日

「最高に美味しい」ダイエット そして「最高に美味しい人生」。

手前味噌ながら、10日に宣言した、「基本的にやりたいようにやる」路線は、かな〜りイイような気がする、いやまだちょっとしか経ってないのでtoo soon to say だけどね。

コメント欄で「変な奴」さんが書いてくれた「ウェイダウンダイエット」というのも確かに似た(同じ)コンセプトのようだ。「制限」しない。

なにを食べてもいいし、いつ食べてもいい。

ただし、「ほんとうにお腹が空いたときだけ」「少量」にする、というのがウェイダウンのポリシーのようだが、おおむね私が考えたこともそれに近いと思う。
ただこの「少量」というのが、現時点ではものすごく守られていないのだが(泣)。

しかし! 少なくとも、野放図な「間食」をしないで済んでいる、いまのところ(2日しか経ってませんが)。なので結果的に全体としては「少量」であろう。

私の標榜するのは、「少量」にする、ともあえて言わないやり方だ。
「好きなだけ」
食べていい、と思う。

でもたいがいの場合、好きなだけ=大量 と感じられる。

しかしここに私が入れたいアイデアは、なんであれ

「最高に美味しく食べる」

という「欲」を持つことだ。

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2009年03月10日

心と体のおもむくままに…

てなことで自分の誕生日。
歳を食うと「誕生日嬉しくない」という声もよく聞くが、私は素直に嬉しい(たしかに歳を考えるとちとクラクラするが)。毎年書いている気がするが、よくぞここまで、おおむねはさして辛いこともなく生きて来れたな。有り難いことだ。
Happy birthday 自分!

さて、誕生日にあたっての決意。

したいことをして、美味しいものを食べたいだけ食べる生活。

…に私はする。

☆★☆自分のからだとこころの声をしっかり聞きながら!!☆★☆
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2009年02月27日

まいっか主義

「ま、いっか」は魔法の言葉(?)

もちろんこれは「『ありがとう』は魔法の言葉」のパクリです(^_^;)。

「ありがとう」が魔法の言葉、というのも、でもしっかり認めている。
これはほんとだと思う。

神秘主義的に言えば「言霊」つーか。
でもこういうのはたぶん心理学的、とか、現象学的(ってあまりよく分かってないけど)にとか、ある程度論理的に説明できることのような気もする。

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イメージとしては

逃げる逃げると書いてきたが、逃げるというより「よける」というほうがより適切かも。

「逃げる」にはそれはそれでまた余計なエネルギー使うからねえ。
一生懸命逃げすぎて、それで疲れてしまうのかもしれない。

人生には、いろんなものごとが飛び交っている。
なんか、宇宙空間に自分がぽっかり浮かんでいて、その周りにも人やものごとが浮かんでいて、それぞれいろいろ動いている、というイメージが浮かぶ。

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天使に「他力本願」上等!

いっしょにいてほっとする、仲のいい友達夫婦がフランスへ転勤、というニュースを聞いて落ち込んでます…。彼らはメル友じゃなくて実際に顔を合わせて一緒に飲んだりしゃべったりしていて楽しいので、いなくなったら寂しいなあ……(泣)。
まあ永遠の別れじゃないからね。でもなあ…。

まあそのことには落ち込んでいるけれど、基本的には気分は悪くないワタクシ。

きょうはいつものように中途半端に「心理学風味」をまぶさずに、思い切り「神秘主義的」物言いで行こう。
しつこいようだが、先日「天使を脅迫(?)」したらあっというまに結果が出たわけだが(スミマセンちと傲慢なモノイイですわね)、それは思ってもいないところからの、思ってもいなかった内容の仕事のオファーだったわけで。

天使がどんなふうに私を助けてくれるか、事前にはまったく予測できない。
こうすればこうなるだろう、こうやって頑張ればこういう結果がついてくるんじゃないか?などと頑張ってみたところには思うような結果は出てこない。けれど全く思ってもみなかったところから天使は手助けを送ってくる。

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2009年02月26日

ワクワク復活プロジェクト

先日ふと見たテレビで(迷宮美術館)昭和初中期の(つまり戦争を挟んだ時代の)挿絵画家中原淳一のことを取り上げていた。
戦後すぐの時代の少女たちはその挿絵や彼の出版したファッション雑誌に目を輝かせていたらしい。もちろんその時代、現実には人々は貧しく街は荒れ果てていたのだが、彼女たちは中原の描く美少女たちや提案されたおしゃれのアイデアに夢を見た。

私の父親もその当時の少女たちと同じ年代、つまり昭和ヒトケタというやつである。昭和ヒトケタ生まれの人々は幸せだ、と私は常々思っている。戦前、戦時中は辛い思いも多々あったとは思うが、しかも残念なことに命を散らしてしまった人もあったのは事実だろうが、それを生き延びた人々は、戦後はひたすら夢を生きることができたと言えるかもしれない。昨日より今日、今日より明日が「より豊かになる」ことを信じられ、実際にそうであった時代。
何もなかったからこそ、夢を見られた。ゼロから出発したから、行く手には無限大の喜びがあった。しかも大多数の人が同じような境遇だったから、なにかに不平を持つこともなくてすんだ。
もちろんこれは「図式化」で、実際にはそんな単純なものではなかったとは思うが、概して言えばそうだったのではないか。

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逃げてオーケー

逃げたって別にいいじゃん、と私は開き直りつつあるわけだが。

でもやはり「ひとかどの人々」「何事かを成した人々」(結局マスコミに出てくるのはこういう人たちだ)が書くものを読むと、やはり、逃げずに立ち向かうことで自分が「成長する」、ということがしばしば主張されている。
いや、それはほんとに確かなことである。異論はない。

けれども、もはや私は開き直りすぎて(?)
「成長だってしなくたっていいじゃん」
とさえ思ってしまうのである。

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2009年02月24日

改めて「天使のおかげ」?

なんとなく日記を読み返していたら、1/5には「天使を脅迫した」話を書いていた。
そのときにすでに書いていることなので繰り返すのもナンだが、
「まもなく私にとって楽しくやりがいのある仕事でお金が入ってくる」
が、まったくもって実現したことに改めて驚いている。
つい先日書いたように、なにしろ「楽しくやりがいのある仕事」だったわけで。そしてそれなりにまとまったお金を頂けて。

こりゃ、また脅迫するしかない…(?)。

いや脅迫はともかく、ヒミツの日記に、「決定的」なこととして書くことは実現する…ってことだとしたら、またやるっきゃないよね。

信じるものはたぶん救われる、のである(しかもこれ自体にはなんのリスクもない)。

コツ(?)は、願いことを「〜したい」とか「〜したらいいな」とかという調子で書くのではなく、もう当然のことのように
「こうなる」
「こうである」
と断定してしまうことらしい。
というようなことが、今までたくさん読んだ「その手の本」にはたいがい書いてある。アファーメーションというやつである。

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2009年02月23日

人「間」に心はある

読まずに溜めておいた新聞の別刷をときどきランダムに取り出しては読む(トイレで!(^_^;))。
というわけでたまたま読んだ、昨年の8月の心理学関係のコラムが興味深かった。
「褒めるは人のためならず」
というタイトルで、 応用社会心理学者のサトウタツヤさんという方が書いている。

人は自分を他人に正当に評価してもらいたいと願い、それがされていないように思えると、自罰(自分が至らないせいだ)的になったり他罰(人がちゃんと評価してくれない)的になって嘆いてしまう。だが、そういうときはむしろ、自分が他人を褒めているか、評価しているかを検証してみる方がいいと筆者は言う。

いつの時代でも人は他人の悪口や批評は上手だが褒めることは少ない。自分を含め誰もが皆を批判しているのだから、自分が評価されないのも当然だ。そうした負の連鎖を断ち切るには、まず自分から人の良さを見つけて褒めることである。 誰かの良さを見つけることでその相手は自信をもつ。自信のある人は他人の足を引っ張るようなことはせずに、他者の良さを引き出してくれる。つまり、自分が他者を評価することは自分の良さを引き出す環境作りとなり、結果として自分も評価されるようになり、さらに伸びるのだ。


このこと自体はとくに目新しいコンセプトではないとは思うが、改めて「やっぱりそうだよね」と思う。さらに筆者は書く。

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2009年02月22日

キーワードはやっぱり

感謝というのがものすごく重要なキーワードになってくる。
自分をひたすら肯定する、というのは、決して「傲慢になる」ことではない。
むしろ謙虚になることに繋がると思う。

自分だけではなく、自分を含めた…自分をこうあらしめているすべてのことを肯定し、感謝する。
どういう状況であれ、すべてに「ありがたい」と感謝する。

そう、肯定、というのは感謝とイコールだと言ってもいい。
逆に言えば、否定とは感謝がないことである。

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2009年02月20日

すべて肯定する。反省もしない。

ここのところ私は、自分がこれまでの人生において
「逃げてばかり来た」
ことを大いに自覚し、それについて今更ながらに「自己嫌悪」のような心境になっていたのだった。
ここで詳しく書くつもりはないが、私は、要所要所でシンドイことからは逃げ続け、比較的楽で得意で傷つかないことばかりやってきた。

「だから現状がこのていたらく」
と、思えてしまい、さらには、今後、シンドイことに「耐性」のない私は、しかしもう逃げ場も失い、かえって辛い思いをするのかもなあ、ツケが回ってくるのかなあ、と不安になる。

(そのことが客観的に事実なのかどうかはこのさいどうでもいい。「そのとおりだ、あんたは甘い!」と私に言いたい人も多いだろうし、「いや、そんなことないんじゃないの」と言ってくれる人もいるかもしれないが、問題はあくまで私の「主観」にある。)

けれど例によって、開き直ることにした。
「逃げて何が悪い!」
である。
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2009年02月19日

100%逃避

しばらく前のことだが、鍼灸マッサージの治療にいったとき、担当が代わったばかりの新しい先生に、あなたにはあまりストレスはないでしょうと言われた。いろいろ楽しそうにサンバやら飲み会やらの話をしていたからなんだろうが、そう言われると「ん〜?」と思う。

いや、たしかに現在はストレスはさほど多くないと思う、でもたぶん気質的にはストレスを感じやすいタイプなのだとは思う、それをたぶん「理性の力」でストレスでないようにしようと努力しているんですよ、てなことを私は答えた。それが実感である。もともとTake it easy!のできるお気楽御気楽タイプではない。でもだからこそ、ストレスを貯め込まないようにある意味努力している。それ自体がライフワークと言ってもいいくらいである。このブログの冒頭にも書いてあるとおりだ。

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2009年01月29日

ジミ好きハデ好き

ほんとに人の性格というのは千差万別だ、というのは当たり前のことであるが。

サンバチームの友人たちのなかには最近結婚した/する人も多い。つい最近、名簿を管理している私のところに、別の連絡がてら「ところで結婚して名字も変わったので名簿変更よろしくお願いします」というメールをくれた人がいる。それ自体は別に珍しくないしその彼女がそうした初めての人というわけではない。つい最近のことなので例に出してしまうだけであるが、とにかく目立たず地味にしていたいという人である。かたや、超派手!にチームをあげての結婚パーティをしたがる人もまた多い、と考えると、いや、ほんとに人っていろいろ、と思ってしまうのである。もちろん言うまでもないが、どっちがいいとか悪いとかでは全くない。

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2009年01月28日

「後悔」しない主義(?)

たとえば、今、子供がいる幸せそうな夫婦が羨ましく思え、結局子供を産まずにきたことを、やっぱり一言で言うなら「後悔」しているのだが
けれどかなり確信があることは、私のことだから、子供を産んでいたらいたで、なにかそのために…それと「引き替えに諦めた」(と勝手に思い込む)ことを「想定」して、ウジウジしていたに違いない、ということだ。
つまり「後悔する人」というのは、何をしたって結局後悔するのである。

しかも「後悔」自体は何も生まない。教訓としてその後の行動に対して役立つということはありそうに思えるが、これとて疑わしい。あらゆることが、計算通りには行きゃしないのである。そしてすべてのことは1回限りだ。後悔に捕らわれてますます間違った(いや、間違うということ自体理論上あり得ないわけだが)選択をしてしまうかもしれない。
いずれにせよウジウジして気力が削がれている状態にいるより、「ま、いっか」と、気持ちを切り替えて前向きになる方がいいに決まっている。

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2009年01月05日

幸福とは「不幸の不在」

なかなか、つい感じてしまう様々な不安から無縁にはなれないとはいえ、やっぱり「天使に守ってもらっている」と感じることは多々ある。

私と来たら、天使を「脅迫」(??)までしてしまった。
経済的にかなり苦しくなり
「もう、わかりやすく助けてくれなかったら信じないよ? ここで助けてくれたらマジで信じるんだけど」
と心の中で思いながら、
「まもなく私にとって楽しくやりがいのある仕事でお金が入ってくるようになる」
というアファーメーションをヒミツの日記に書いたら、それからまもなく、ほんとにそれが実現した。
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2008年05月29日

”主導権を握る”コツ

ま、てなことでユルユルウダウダとしているわけであるが、とにかくまたなるべくひんぱんに書くことを再開したい…とは思っている。

で、ユルまった頭をふりしぼって…というかカラカラとマラカスのように振り振りしてぼんやり考えているうち、ふと、それなりに「これは真理では」と思えることがポッと浮かんできた。


「相手の望んでいること、したいことを読み取り、それをできる限り積極的に手助けすること…は、もしかするとその場のコントロール、主導権を"自分が"握るための秘訣では」

ということである。
まずはさしたる根拠もなく浮かんできたコンセプトにすぎないが。

少し前にしきりに書いた、「呼吸を合わせる」ということと、その後に書いた「理想の自分を常にイメージする」ということとのあたりにいろいろ考えを巡らせていたら、それらが急に融合した。

理想の自分、つまり、自分がありたい姿、そして自分がしたいこと…そういうことについてしっかりしたイメージがないままでは、相手に合わせるということがそのまま、ただ引きずられることになってしまう。
だがそれが確固としていれば、小さなことにいちいちとらわれることもなく、余裕を持って相手のことを「読む」こともできるだろう。

言うまでもなく、たとえば勝負事でも、達人は相手の心を読むものだ。自分のことで頭がいっぱいではそうはいかない。

それこそ合気道であれば、相手にそのまま攻撃もさせ、むしろその相手の力を利用して自分の力に変えていく。

直接の勝負事ではない人間関係でも同じようなことは言えるのではないか。

こちらが相手にとって(不自然ではなく)favorableな態度でいれば、相手もたぶん警戒心をゆるめ、つまりはこちらにとってはより「心の読みやすい」相手となる。
単純に考えても、自分を助けてくれた相手なら、必要なときにはお返しに手助けしてやりたいと思うのが人の情というものでもあろうし。
それに、自分の力を行使してそれができれば、自分にとっても相手にとっても、その力の意義や存在感が重みを増す。

他にもたぶん様々な要素があると思うのだが、こんなことからもそこそこ推測できるだろう、
「相手のためにと考え行動することが、むしろ自分がその場をコントロールする力を持つことにつながる」
という、まあ未だ一種の「直観」として捉えている命題の「真」であることが。

「我」をひっこめたり消したり、我を持つことに罪悪感を感じるのではなく、むしろしっかりした「我」を持った上で余裕を持って相手を見るのがいのだ。

「その場の主導権を握りたいから」そんなふうに努める、ということ自体にも、たぶん罪悪感など感じる必要はない。
ちゃんと自覚を持った人間が主導権を握るのは別に誰にとっても悪いことではないのだ。

よって、実践的な(?)戦略はこうなる。
「理想の自分、ありたい自分の姿をある程度は明確にイメージしそれを保持しつつも、人間関係においてはできるかぎり相手と呼吸を合わせ、積極的に相手の利になるように動いてやる」

実践的にトライしてみる価値はありそうだが如何。

無関係写真シリーズ 上のようなことを考えながら歩いていたらふと見つけた、井の頭池近くの神田川にいたカルガモチルドレン。

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2008年04月30日

理想の自分をイメージするという心理学

珍しく民放のテレビがまあまあ面白かった。先週始まったTBS(制作はMBS、つまり大阪ですね)「テッパン・ノート」というバラエティで、「明日使える心理学」というサブタイトルがついている。いろいろ人生に役立つ心理学知識を扱っていくというのだ。
どうせ民放バラエティのことだから「科学的!」という触れ込みをあまり真に受けすぎないように見ようと思っているが、もともと「この手」の話は好きなので、それなりに面白く見られる。

新聞のラテ欄で、「相手がパットを外せば自分の優勝が決まる場面で、タイガー・ウッズは『入れ!』と念じた、それはなぜか?」という番宣があり、それに興味を引かれて録画しておいてみた。

9cups.jpg
本文と関係なし画像シリーズ かつて悩んでいた時期に同僚のカナダ人男性がタロットで占ってくれたときのキーカード。占い内容は非常にプロミッシングだったし…実際この聖杯の9は小アルカナでは最強らしい…カードも美しかったのでお借りして取り込んでおいたもの

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