<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>

<rdf:RDF
  xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
  xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
  xmlns:admin="http://webns.net/mvcb/"
  xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
  xmlns="http://purl.org/rss/1.0/"
>

<channel rdf:about="http://ohyumiko.seesaa.net/">
<title>「天使とサンバ！」おーゆみこ希望的観測日録</title>
<link>http://ohyumiko.seesaa.net/</link>
<description>●♪「しあわせになりたいけど がんばりたくな~い」 ♪人・・・のための支援エッセーサイト！</description>
<dc:language>ja</dc:language>
<admin:generatorAgent rdf:resource="http://blog.seesaa.jp/" />
<items>
<rdf:Seq>
<rdf:li rdf:resource="http://ohyumiko.seesaa.net/article/101617119.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://ohyumiko.seesaa.net/article/101508014.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://ohyumiko.seesaa.net/article/101404005.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=36301&amp;sid=ohyumiko&amp;tid=seesaa_hotspot&amp;k=%E3%83%86%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%88&amp;hid=35" />
<rdf:li rdf:resource="http://ohyumiko.seesaa.net/article/100748135.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://ohyumiko.seesaa.net/article/99396430.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=36301&amp;sid=ohyumiko&amp;tid=seesaa_hotspot&amp;k=%E8%B2%B7%E5%8F%96&amp;hid=35" />
<rdf:li rdf:resource="http://ohyumiko.seesaa.net/article/99318567.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://ohyumiko.seesaa.net/article/98414491.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://ohyumiko.seesaa.net/article/98357978.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://ohyumiko.seesaa.net/article/98299108.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://ohyumiko.seesaa.net/article/95437843.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://ohyumiko.seesaa.net/article/95235670.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://ohyumiko.seesaa.net/article/95116324.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://ohyumiko.seesaa.net/article/94973440.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://ohyumiko.seesaa.net/article/93563406.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://ohyumiko.seesaa.net/article/93441439.html" />
</rdf:Seq>
</items>
</channel>

<item rdf:about="http://ohyumiko.seesaa.net/article/101617119.html">
<link>http://ohyumiko.seesaa.net/article/101617119.html</link>
<title>合宿、そしてチームのこと まだ続く</title>
<description>(前項の続き）ともあれ、決して天使や仙人ばかりのユートピアではない、ときにはネガティブな感情があちこちでふきこぼれることもある集団なのだが、それでもやはり、このうえなく愛着がある。それはたぶん私だけではなく、多くのメンバーがそうなのだ。報われない立場であるのにリーダー役を買って出てくれる人も、基本的に、このチームが好きだからこそ、のことである。リーダー役までいかなくとも、みんなが、自分の楽しみだけではなくて、みんなのために何か役に立ちたい、と自然に思っているように感じられる。...</description>
<dc:subject>■日々つれづれ</dc:subject>
<dc:creator>おーゆみこ</dc:creator>
<dc:date>2008-06-27T00:44:56+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
(前項の続き）<br />ともあれ、決して天使や仙人ばかりのユートピアではない、ときにはネガティブな感情があちこちでふきこぼれることもある集団なのだが、それでもやはり、このうえなく愛着がある。<br />それはたぶん私だけではなく、多くのメンバーがそうなのだ。<br /><br />報われない立場であるのにリーダー役を買って出てくれる人も、基本的に、このチームが好きだからこそ、のことである。リーダー役までいかなくとも、みんなが、自分の楽しみだけではなくて、みんなのために何か役に立ちたい、と自然に思っているように感じられる。<br /><br />もちろん普通に会社などに勤めている人でも、勤め先に愛着を持ち、単にお金を得る手段ということを超えて、会社のために、同僚たちのために、そしてもちろん社会のために、仕事をして充実感や幸福感を持っている人も多いと思う。<br /><br />だがそれとは別に、特に音楽やダンスという、魂が高揚するようなものを媒介として結びついている集団ならではの、特別な感覚があるようにも思える。<br /><br /><a name="more"></a>構成人員のプロファイルの多様さも面白い。それに、役割はあっても、序列はない。文字通りの老若男女が対等な「友達」でいられる。やりたいことがあれば言い出しっぺがやればいい。<br /><br />多様性というのは柔軟性の母体であり、柔軟性こそが人の幸せの基盤であるといっても過言ではない。<br />答えはひとつではないことが実感できれば、何かに行き詰まっても絶望しなくてすむ。ここのドアが開かなければ、あっちを試してみればいい。<br /><br />逆に言えば、考え方がガチガチに固まれば固まるほど、不幸の度合いが高まる。あるピンポイントでしか満足感を感じない、そこしか受け入れられないという人にとっては、そのほかの部分はすべて不満足不十分不幸なのだ。<br /><br />個性豊かでありながら、上記のように、その世界への愛着の故に、自分のことだけではなくみんなの役に立ちたいと素直に思える人々の集団ですからね。しかも金銭的な得などは全くなにもないのにね。<br /><br />それにもうひとつ言うと、サンバという、日本においては言ってみれば「ヘン」な世界に、頼まれもしないのに（？）飛び込んでくる人たちであるから、たぶん他のいろいろな集団（会社とか学校とか家族とか地域とか）に比べて、平均的に<br />「自発性・自主性が高い」<br />人々なんだろうと思う。集団での活動だからもちろんある程度の従順さもあるが、決して単に受け身なのではない。<br /><br />かといって、おそらく一部の人々が偏見として思っているように、「ぶっとんじゃってる」「自由奔放な」「エキセントリックな」人々では決して決してない（そもそもそう思う人たちは、サンバ＝浮かれた裸踊りのようにも思っているだろう）。<br /><br />今回の合宿に初めて参加されたとある人が…彼はやはり初めて参加される奥様のつきそいのような形でやってきたのだが…正直なところ今までは偏見を持って見ていた、が、サンバの奥深さ難しさ楽しさと、そしてリベルダージの皆さんの真剣さ直行さが身にしみて理解できた、と言ってくださった。彼自身はそれゆえにむしろ、自分がずっと続けている趣味と簡単には両立できないと判断して今回の参加は辞退されたのだが、これを縁に生涯サンバを楽しんでいきたい、とも言ってくださった。<br /><br />（この項まだ続く）<br /><span style="color:#FF00FF;"><span style="font-size:x-small;">無関係画像シリーズ　行儀良く並んだカルガモのヒナ（けっこうもうお兄ちゃんお姉ちゃんになっているようですが）。行儀良いけど、並んだままウンチもしたような…。<br /></span></span><br /><a href="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/narande.jpg" target="_blank"><img src="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/narande-thumbnail2.jpg" width="150" height="129" border="0" align="" alt="narande.jpg" /></a>
]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://ohyumiko.seesaa.net/article/101508014.html">
<link>http://ohyumiko.seesaa.net/article/101508014.html</link>
<title>過酷でトラブって、でも「至福」な合宿、その２</title>
<description>（前項の続き）一応「危機を乗り切った」とはいえ、もちろん、前項にも書いた、構造的慢性的問題点が雲散霧消したなどと牧歌的なことは言えない。感情的なしこりも、全く残らなかったわけではないかもしれない。けれど私としては、幹部としてやっている仲間たちの冷静かつ誠実な態度・行動がこの上なく頼もしく思えた。感情的になってしまう部分もそりゃほんの少しはあったけれど、普通だったら（感情的になることが）こんなものじゃすまないだろうと思うぐらいのタフな状況において、ほとんどよくこらえていたと感心...</description>
<dc:subject>■日々つれづれ</dc:subject>
<dc:creator>おーゆみこ</dc:creator>
<dc:date>2008-06-25T14:14:58+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
（前項の続き）<br />一応「危機を乗り切った」とはいえ、もちろん、前項にも書いた、構造的慢性的問題点が雲散霧消したなどと牧歌的なことは言えない。感情的なしこりも、全く残らなかったわけではないかもしれない。<br />けれど私としては、幹部としてやっている仲間たちの冷静かつ誠実な態度・行動がこの上なく頼もしく思えた。感情的になってしまう部分もそりゃほんの少しはあったけれど、普通だったら（感情的になることが）こんなものじゃすまないだろうと思うぐらいのタフな状況において、ほとんどよくこらえていたと感心する。感心する、などと人ごとのように言う立場では本来はないはずだが、まあ幹部にもそれぞれ立場や役割の違いはあり、今回は私は直接に深く関わる問題ではなかったので申し訳ないようだが気持ちに余裕があった。<br /><br /><a name="more"></a>だが一番矢面に立たざるを得ない形になってしまった彼女（たち）の受けたプレッシャーたるや、考えるだけでこちらも胸が苦しくなるくらいである。しかもトラブルになってしまった直接の原因は、なぜか分からないが大事なメールが不達状態になっていたことによる一時的な意思疎通の不全であって（もちろん何度も言うようにその背後に構造的問題はあったのだが）彼女たちを責めるのも酷だという状況だった。けれど彼女たちは決して「あたしたちのせいじゃない！」とは言わず、冷静に問題の根本まで考えて対処しようという態度だった。<br /><br />幹部といってもなんの報酬も見返りもなく、できるかぎり民主的な運営を目指しているからいわゆる「権力」もないに等しい。ただ労力を提供するばかりの完全なボランティアであるから、そもそもその役割を引き受けるというだけでもすごいことなのである。それなのにその構造的問題のゆがみを一身にかぶって苦労するハメに陥る。仕事量も、たぶん幹部でない人が想像しているよりもはるかに多い（あまり皆に見えないところでの仕事が山のようにあるのだ）。普通の社会生活を送って、つまり普通に忙しく仕事も家庭生活も行いながらであるからますます大変だ。しかも尊敬されるどころか（いや感謝してくれる人は実際にはたくさんいるが）責められることの方が多い立場だ。<br /><br />しかし結果的に、その根本的な構造的な問題について一度腰を据えて腹を割って幹部連中で改めて話し合う必要があるな、ということもしっかり認識されたことは、幹部たち自身にとっても決して悪いことではない。<br /><br />微妙な問題なのでちょっと堅苦しく書いてしまったが、構造的な問題はどうしてもあるし、ときにはトラブルも起こるし、幹部に限らずメンバー間の人間関係には普通に子供のような好き嫌いレベルのこともあるようだし、嫉妬とか悔しさとか、ときにはドロドロもし、みんながみんななんの屈託もなく愛し合うユートピアではさすがにない。<br /><br />けれども！　ほとんどの人は、好き嫌いレベルはともかくとして、お互いのことを認め合い、できるだけ分かり合おうとしている、とつくづく思う。気にくわない、虫が好かない相手に対しても、少なくとも誠実であろうとしている、と思う。発想や考え方ややり方が互いに違ってときには反発を覚えても、頭ごなしに否定したりはしない。<br /><br />まあ私自身が単に、あまりドロドロした場面や状況にさほど遭遇してこなかったのだけなのかもしれないが。<br /><br />でも、とにかく文字通り「老若男女」、仕事も社会的立場も家庭環境等も種々雑多な人々が、ほとんどの場合は伸び伸びと、楽しそうに笑いながらサンバをやっているのを見ると、やっぱりここには、ひょっとすると家族以上の一体感というものがあるかもしれない、と思ってしまう。<br /><br />数年前からずっと私たちのことを映像被写体として追いかけ続けていてくださる、アマチュアのシネクラブの方たちがいる。浅草カーニバル当日だけではなく、その準備段階からずっと取材してくれている。この河口湖合宿にも３年ほど連続して参加してくれているのだ。<br />今年はさらに取材を本格化させたいらしく、練習の休憩時間にメンバーにいろいろインタビューをしている。私もインタビューされた。<br /><br />リベルダージに対して何を思いますか、という質問で、私は、<br />「ありきたりの言い方かもしれないですが、みんながほんとうにいい人たちで…仕事や学校ではない、大人の集団でこんなふうに老若男女がのびのびといられるというのはなかなか他にないと思うのです」<br />というようなことを言った。するとシネクラブの方は<br />「インタビューする側がこんなふうに言うのは変かもしれませんが、私たちもこういう形で外部から皆さんを見ていて、それを本当に感じているんですよ」<br />と言ってくださって、ちょっと嬉しかった。<br />（この項さらに続く）<br /><br /><span style="color:#FF00CB;"><span style="font-size:x-small;">無関係画像シリーズ　井の頭池や神田川にはカメがたくさんいるが、このあいだ見かけたコレは…もしかしてスッポン？？</span></span><br /><a href="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/suppon.jpg" target="_blank"><img src="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/suppon-thumbnail2.jpg" width="150" height="143" border="0" align="" alt="suppon.jpg" /></a>
]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://ohyumiko.seesaa.net/article/101404005.html">
<link>http://ohyumiko.seesaa.net/article/101404005.html</link>
<title>合宿…過酷でもありトラブルもあり、でも至福…</title>
<description>サンバチームの合宿in河口湖。今年は珍しく、雨に降り込められてしまった。Dちゃん参加してたのにおかしいなあ…。とはいえ、練習会場であるステラシアターには今年からちゃんと屋根がついているので練習には問題ない。ここは基本的には「野外シアター」ということで、ローマの円形競技場を思わせる作りでステージ以外に屋根はなかったのだが、去年のちょうど今頃に工事をして可動式の屋根を付けた。その工事のために去年はここが使えず、流浪の民状態になってしまったが今年から復活。さっそく屋根の威力発揮であ...</description>
<dc:subject>■日々つれづれ</dc:subject>
<dc:creator>おーゆみこ</dc:creator>
<dc:date>2008-06-24T02:09:51+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
サンバチームの合宿in河口湖。<br />今年は珍しく、雨に降り込められてしまった。Dちゃん参加してたのにおかしいなあ…。<br />とはいえ、練習会場である<a href="http://www.fujigoko.jp/kawaguchiko/sutera.html" target="_blank">ステラシアター</a>には今年からちゃんと屋根がついているので練習には問題ない。ここは基本的には「野外シアター」ということで、ローマの円形競技場を思わせる作りでステージ以外に屋根はなかったのだが、去年のちょうど今頃に工事をして可動式の屋根を付けた。その工事のために去年はここが使えず、流浪の民状態になってしまったが今年から復活。さっそく屋根の威力発揮である。<br /><br /><a name="more"></a>とはいえ「問題ない」とも言い切れなかった。屋根を閉じると音響がむちゃくちゃになってしまうのだ。ただでさえ５０人近い打楽器隊である。それだけでもかなり厳しいのに、そこに歌を乗せようとすると、アンプとスピーカーをいくら強力にしても、音が回りに回って、訳が分からなくなる。<br />元気な１日目はまだいいが、２日目は前夜真夜中まで飲んだくれ、おまけに宴会でも声張り上げて歌っておった（これが一番ノドには堪える）あげくのことであり、しかも、<br />「１時間ぶっ続け」<br />耐久レース（？）がある。<br />打楽器隊にとっても（やっぱりけっこう前夜飲んだくれの影響が残る人も多いし）かなり過酷であるが、そういう音響状態でシャウトに近い状態を1時間…。<br />過酷にもほどがある。<br /><br />人並み以上の声量と「鋼鉄のノド」を誇る私も、さすがにへろへろだ。おまけに伴奏の弦楽器の音もよく聞こえないし、自分の声もモニターしきれないし、声帯がマヒしかかって音程のコントロールが効かなくなっているし、そういう点でも酷い状態となり、それでまた疲れ果てる。<br />１時間ぶっ続けでおしまいかと思いきや、１５分休んでさらに３０分ぐらいのぶっ続けセッション。後半は打楽器の数を半分にして半分は休むということで、音響的には少し楽になり、少し音程のコントロールも戻ってきてストレスが減ったが、いやはや、きつかった。<br />でも本番のパレードでも１時間ぐらいぶっ続けになるわけでこれくらいでいちいちバテている場合じゃない。音響状態がマシなら、かつ前日にちゃんと節制していれば、今回のように酷いことにはならないはずだが、気候的には、涼しいというかむしろ寒いくらいだった今回に対し、本番は真夏の昼間という別種の過酷さにさらされるわけで。体力勝負！である。<br /><br />＊＊＊＊＊＊＊<br /><br />今年の合宿直前に、単純で不運な連絡の行き違い・手違いを発端としてはいるものの、様々な要素が絡み合った構造的慢性的な問題点もやはり反映されてしまったようなとあるトラブルがあり（その具体的なことをここで書いてしまうのはちょっと差し控えざるを得ないが）、私を含むチーム幹部はその対処にかなり追われてしまった。<br />幹部メンバーの中でも、立場的にそのことについてみんなの前で説明して一応の謝罪をしなければならない状態にあった女性などは相当緊張を強いられていたと思う。<br />これまた手違いというか行き違いというか配慮不足というか…の結果、緊張してその時間を待っていた彼女の立場や思いが台無しになりかけるような事態もあり、幹部連中の間でのちょっとした感情的もつれも出来。<br /><br />てなことで、みんなが宴会でワイワイ盛り上がっている最中に、幹部連中は慌てて緊急協議せざるを得なくなり、やれやれ、と思いながら私もそれに参加する。<br />だがまあそのおかげで結果的には建設的な話し合いができ、一般メンバーに説明する立場の彼女にとっても、より準備が整えられたとは思う。<br /><br />今回のトラブルにおいて幹部は一種の「危機管理」の実践をせざるを得なかったが、結果的にそこそこ幹部メンバー各人の経験値が上がったであろうことは（私も含めて）良かったのかもしれない。<br />かなり誠実な対処をしたと（私は幹部として当事者のはしくれなので堂々とはそう言いにくいが）は思うし、少なくともその後に私が個人的に話をしたメンバーたちは、別に謝罪するようなこととも全然思ってなかったし、このことでかえって、幹部たちがちゃんと誠実にやっているんだなあ、とか、いろいろ大変なんだなあ、とかみんな思ったんじゃないかと言ってくれた。一つ間違えば不信感が芽生えるきっかけになったり、チームの士気が下がったりしかねなかった危険な状態だったのだが、なんとか乗り切ったようだ。<br />（この項続く）
]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=36301&amp;sid=ohyumiko&amp;tid=seesaa_hotspot&amp;k=%E3%83%86%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%88&amp;hid=35">
<link>http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=36301&amp;sid=ohyumiko&amp;tid=seesaa_hotspot&amp;k=%E3%83%86%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%88&amp;hid=35</link>
<title>オススメ・スポンサーサイト「テナント」</title>
<description><![CDATA[
<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=36301&sid=ohyumiko&tid=seesaa_hotspot&k=%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%93%E3%82%B9%20%E3%82%AA%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%B9&hid=35">サービス オフィス</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=36301&sid=ohyumiko&tid=seesaa_hotspot&k=%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%AB%20%E3%82%AA%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%B9&hid=35">バーチャル オフィス</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=36301&sid=ohyumiko&tid=seesaa_hotspot&k=%E8%B3%83%E8%B2%B8%20%E4%BA%8B%E5%8B%99%E6%89%80%20%E5%A4%A7%E9%98%AA&hid=35">賃貸 事務所 大阪</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=36301&sid=ohyumiko&tid=seesaa_hotspot&k=%E3%82%AA%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%B9%20%E8%B3%83%E8%B2%B8&hid=35">オフィス 賃貸</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=36301&sid=ohyumiko&tid=seesaa_hotspot&k=%E3%82%AA%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%93%E3%83%AB&hid=35">オフィスビル</a>
]]></description>
<dc:date>2008-06-24T02:09:51+09:00</dc:date>
<dc:creator>ads by Seesaa</dc:creator>
</item>
<item rdf:about="http://ohyumiko.seesaa.net/article/100748135.html">
<link>http://ohyumiko.seesaa.net/article/100748135.html</link>
<title>父の初メール</title>
<description>父の日だからというわけではないのだが、しばらく前に父親に携帯電話をプレゼントした。同じソフトバンクで、家族割引扱いにしたので私となら通話料ゼロである。自分も５０の大台に乗り、折り返さないで突っ走るとか突っ張っていてももちろん不老不死のままでいるわけではなく、やはりふとした拍子に不安になる。それにここのところ、美華のゆきちゃんをはじめ、比較的身近な人がまだ若いのに亡くなり、その意外なほどの喪失感にもさいなまれてしまう。…となると頭に浮かぶのは当然親のことだ。50歳の私の父親とし...</description>
<dc:subject>■日々つれづれ</dc:subject>
<dc:creator>おーゆみこ</dc:creator>
<dc:date>2008-06-16T22:05:55+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
父の日だからというわけではないのだが、しばらく前に父親に携帯電話をプレゼントした。同じソフトバンクで、家族割引扱いにしたので私となら通話料ゼロである。<br /><br />自分も５０の大台に乗り、折り返さないで突っ走るとか突っ張っていてももちろん不老不死のままでいるわけではなく、やはりふとした拍子に不安になる。それにここのところ、美華のゆきちゃんをはじめ、比較的身近な人がまだ若いのに亡くなり、その意外なほどの喪失感にもさいなまれてしまう。<br />…となると頭に浮かぶのは当然親のことだ。<br />50歳の私の父親としては比較的若いとはいえ「後期高齢者」まであと一歩の73歳（自分の歳を思い出したときよりもなんだかびっくりしてしまう、が、「娘」が50歳と認識した父はもっとびっくりな気分だろう）。<br /><br /><a name="more"></a>まあ、自分のことも親のことも、心配しようがしまいがその日は確実に来るわけで、だからといって、いや、だからこそ、それをあまり先走りして憂えて気持ちが暗くなってもばかばかしい。<br />けれども、何もせずにいて後悔するのも辛いだろう。<br /><br />…などと書くのはちょっと大げさな気もする、別にごくごく普通の親孝行の部類、というか親とのコミュニケーションの問題なのだが。<br /><br />私はこれまではめったに父親に電話したりしなかった。だが仲が悪いわけではない。むしろあまりにツーカーすぎて電話する必要がなかった、とさえ言える。<br />それに、電話では別にしゃべることがない、というわけでもまたない。「用事」はめったにないのだが、ひとたび電話すると（もしくは会うと）あれやらこれやら、双方から話が途切れない。<br />だからかえって電話しにくかったのもある。用事だけで済ませられる性格ではお互いにないのである。<br />私の家電話は子機が壊れたままで、電話するときは机にはりついていなければならない。かといって携帯から彼の家電話にかけると膨大な電話代になる。<br /><br />彼はＰＣはいじらず、メールもしない。<br />メールぐらいなんとか導入しろと何度も言ってきたのだが、さっぱり。<br />で、これまで携帯も、必要ない、と持っていなかった。<br />それほど年寄り臭い性格でも生活でもないし、好奇心もそれなりにあるほうだと思うのだが、どうもその方面には興味が持てないらしい。それに日々それなりに忙しくもしていて、腰を据えて新しいことを覚える時間もあまりないようだ。<br /><br />でもつい先日、ご夫君の中国転勤を契機にスカイプを導入したという友達の話に刺激され、安い通話方法を真面目に検討してみた。すると、私と同じソフトバンクなら基本料金も月1000円程度、家族割引で通話はタダ、そして機器自体も型落ちならタダ同然…ということがわかり、それならもう料金私もちで与えてしまえ！と決意。<br /><br />てなわけでもう1ヶ月前ぐらいに買って早速送りつけたのだが、そうはいってもお互いにタイミングが合わず、通話できずにいた。<br /><br />で、最近やっと少し私に余裕ができたからと電話しても、繋がらないのである！こりゃ電源入ってないな、充電してないな、と思い、弟にメールして、充電させろと遠隔操作。昔メールの黎明期にはだれかにメールしてもメールチェックをしないので読まれず、「メールしたから読め」と電話しなければならなかった時代があったが、今度も、「携帯に電話するから電源入れろ」と家電に電話しなければならない…ではないか！でも友人にそれを話すと、うちの親も似たようなもんだ、と言う人がけっこういた。<br /><br />ともあれ弟に直接ディレクションしてもらってやっとどうにかなったようで、昨日、ちょうど私がサンバチームの会報誌のために大量のコピーをしながらその間の無聊をかこっているという絶妙のタイミングで向こうからかかってきた。<br />通話代がかからないので安心して話ができる。その間「あ、ち、ちょっと待ってて。…すみませ～んＢ４の用紙補給してください～～」なんてのを数回挟みつつ、かなりの長電話。とりあえず元気な７３歳に安心する。<br /><br />で、その後、せっかくだから短くても良いのでメールにも挑戦してみろ、このメールに返信という形なら多少間違ってもたいした問題にはならないから、とメールを送り、文字入力の仕方も簡単に説明したところ、数時間後、<br /><br />「o(^-^)oやっとこ ここまて゛て゛きた」<br /><br />てなメールがやってきた。<br /><br />か、可愛いぞ！<br />顔文字まで使っている。適当にいじくっていたら出てきたので使ってみたのだろう。<br /><br />まあちまたでもこの手の話はたくさんある。あちこちで、老親たちはなんとかメールぐらいには対応しようかと苦心しているのである。願わくはわが父親もそれなりに興味を持続してくれて、適宜メールで近況のやりとりができるとありがたいのだがねえ。<br /><br /><span style="color:#FF00CB;"><span style="font-size:x-small;">【無関係写真シリーズ】井の頭線三鷹台駅付近のアジサイ。</span></span><br /><a href="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/ajisai.JPG" target="_blank"><img src="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/ajisai-thumbnail2.JPG" width="150" height="112" border="0" align="" alt="ajisai.JPG" /></a>
]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://ohyumiko.seesaa.net/article/99396430.html">
<link>http://ohyumiko.seesaa.net/article/99396430.html</link>
<title>オバカなイタリア語（？）</title>
<description>世の中にもまして個人的に不景気で、海外旅行など夢のまた夢、みたいな状態に陥っているのだが、できるだけ具体的に願うといつか夢が叶う…ということを経験的に信じているので、語学講座でもやってその気になろう、と思った。で、行きたいのは具体的には南欧か、またはメキシコを含むラテンアメリカ。とりたててだいそれた目的はないし、行ったことがないわけでもないのだが、地中海の、もしくはカリブ海の明るい雰囲気が恋しい。それにまた、ラテン系諸言語がそもそも好きなのである。で、スペイン語とかポルトガル...</description>
<dc:subject>■日々つれづれ</dc:subject>
<dc:creator>おーゆみこ</dc:creator>
<dc:date>2008-06-05T01:06:47+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
世の中にもまして個人的に不景気で、海外旅行など夢のまた夢、みたいな状態に陥っているのだが、できるだけ具体的に願うといつか夢が叶う…ということを経験的に信じているので、語学講座でもやってその気になろう、と思った。で、行きたいのは具体的には南欧か、またはメキシコを含むラテンアメリカ。とりたててだいそれた目的はないし、行ったことがないわけでもないのだが、地中海の、もしくはカリブ海の明るい雰囲気が恋しい。それにまた、ラテン系諸言語がそもそも好きなのである。で、スペイン語とかポルトガル語はすでにある程度かじっているので（話せる、とは言わないが(^_^;)）、まだあまりちゃんと触れたことのないイタリア語に挑戦しよう、と考えた。<br /><br />とりあえずはＮＨＫの語学講座である。昔は英会話講座をカセットテープに自動録音したものだが、今はむしろラジオをタイマーで録音するというシステムが我が家にない。ので、とりあえずテレビの語学講座でとっついてみることにする。毎日やっているラジオと違って１週間に１回なので、本格的に学ぶというよりはせいぜい「雰囲気をつかむ」ためのものだろうと思うが、当面はそれで十分だ。<br /><br />で、タイマーでＤＶＤレコーダーで自動録画して見てみた。<br />……で。思ったこと。<br />イタリア人（またはイタリア関連の日本人？）って、やっぱ、ものすご～～アホ！　（←褒めてます）<br />「テレビでイタリア語」講座は、最初はベネチアの暮らしや観光案内のようなコーナーで、旅しているときに役立つであろう表現を、かなり的を絞って覚える仕立てになっていて、ここはいい。私の目的も旅行だから、それにも合致している。<br /><br />けれど、その後の文法コーナーがすごい。<br />「文法戦隊、イタレンジャー！」<br />とか言っちゃって。２人の日本人研究員が、なにやら、よその星から地球を征服しようとするヤツら(イタリア語をしゃべる）を、変身してやっつける、のである。<br />悪玉３人組は、ダニエラさまという親玉の女性に命令されてイタレンジャーときょうも戦いに行くのであるが、彼らがまたズッコケ(死語？）３人組てな風情、あるいは、ヤッターマンのドロンジョさまとボヤッキー＆トンズラーのイメージか。<br />でもってイタレンジャーは日夜、たとえば「イルのラー光線銃」みたいな武器を開発しつつイタリア版ドロンボー一味と戦う。<br />イルのラー光線とは、男性名詞にはil、女性名詞にはlaという定冠詞を付ける光線である。３人組が、「un tavolo!」(テーブル）と叫ぶと、イタレンジャーは「イルのら～」光線を発射してそれを「il tavolo!」と変える。するてえと悪玉たちがううううとのけぞってはじきとばされてしまう。「una sedia!」（いす）と言われれば同様に「la sedia!」とやり、また悪玉たちが玉砕。<br />…てなことを延々と、そして毎回、やっているのだった。<br />えーーーーーと……？<br /><br />でもねえ、スペイン語もポルトガル語も定冠詞の形は違うから、けっこうイルのラー光線もありがたい。何回も繰り返されると単語も覚えるしね。でも、やっぱりとてつもなくアホっぽい…そこがほんとに大好きになってしまうのだが。<br />ちなみに<a href="http://www.nhk.or.jp/gogaku/italian/index.html" target="_blank">このサイト</a>ではその一部が動画で見られます。<br /><br />で、心にわき上がってきた疑問。もしかして他の言語の講座も同じぐらいアホしてるのであろうか？　語学講座もお堅いばかりが能ではなく、いろいろ工夫して親しみやすくしているのだろうから、他のを見てみないと「イタリア＝オバカ」認定には早すぎる。<br /><br /><br /><br /><a name="more"></a>てなことで、１週間同じ時間帯にある語学講座を全部録画してみてみた。<br />以下はすべて実は再放送なのだが、毎朝６：００～６：２５の時間帯で、こんなラインナップである。あとはアラビア語会話がちょっとズレた時間帯でひとつはみ出ているようだ（がそれは見ていない）。<br /><br />月曜日ドイツ語は、コメディアンの「アリtoキリギリス」の石井くんが出ているが、番組自体はそれほどコメディタッチでもなく、自転車ショップの店員の石井くんが、ロマンチック街道を自転車で旅することを夢見ていろいろ勉強しているという設定のようだ。やっぱりドイツ語、どちらかというと真面目な雰囲気である。<br /><br />火曜日スペイン語。これの生徒役で、知り合いの男の子が出ているのを発見してびっくり！　<a href="http://www.nhk.or.jp/gogaku/spanish/cast.html" target="_blank">ここに載っている</a>Ｋｔａ☆くんであるが、ものすごイケメンの子なので（このページの写真より、実物の笑顔はもっと可愛い！）、さすがにメディアは放っておかないのだなあと思う。その子を含め、素人の生徒役を５人もスタジオにそろえて、いろいろやらせるが、どうも、生徒役の人たちも事前に特訓するとかいうことがないようで、まあ等身大に頑張ってやっているところが面白い。生徒役の５人がそれぞれになにやら得意技を持っていて、それでもってスペイン語に関わる、というところにユニークさがあるようだ。<br /><br />水曜日中国語。<br />小池栄子ちゃんがただ一人の日本人生徒役で頑張っている。そうとう事前に特訓されているようでもある。いやあ中国語って発音とか難しそ～～。で、文法事項を「イメージ」で見せていくのがこの番組のウリらしい。マスコット的に出てくるパンダがちとキモ可愛い。著名人のインタビューなどで文化を紹介するコーナーもある。<br /><br />木曜日　ロシア語。<br />ここでも若手女優の小林恵美という子が唯一の生徒役で頑張っている。私が見たときたまたま、それまでの復習で恵美ちゃんが「テスト」を受けさせられていて、それを見る限りではかなり真面目な作り、という感じ。ここもやはり、観光案内がらみでの旅に役立つロシア語、がメインで、著名人のインタビューなど文化的な紹介コーナーもある。まあオーソドックスな作り。<br /><br />で、金曜日がイタリア語で（すでにオバカ認定まであと１歩！）<br /><br />土曜日がフランス語。これまた若手女優沢井美優が唯一の生徒役で、ネイティブ２人（ひとりは「のだめ」に出てきたジャンだ！）を相手に勉強中。私が見たときはたまたま、ソムリエがワインについての表現をするのをいろいろとりあげていた。それに、モディリアーニ展の監修者にインタビューしていたり、なんというか、いかにもおフランス（いやあたりまえだけど）。なんとなく、あのフランス語の発音の雰囲気にも似た、力の抜けた、それでもどこかやっぱり「誇り高き」風情。コメディータッチの寸劇仕立てにしている部分もあるけれど、イタリアのそれほどぶっとんでいない。あくまで「小粋」。<br /><br />日曜日はハングル。<br />ヨンさまのでてくる「太王四神記」の台詞で学ぶコーナーとか、歌のコーナーとかもあるけれどおおむねオーソドックスなお勉強。<br /><br />……ってことで。念のため他のを見てみたけれど、その結果めでたく（？）「イタリア語＝オバカ」、他の追随を許さず、堂々認定！<br />いや、褒めてるんですよ！！<br />他の講座もみな工夫を凝らして、楽しく親しみやすくしているけれど、まあ基本的にはオーソドックスな作りで、イタリア語講座ほどぶっとんでいない。イタリア語講座を見てからそれらを見るとちと精彩を欠く…（？）<br /><br />その昔、たしかシドニーのオリンピックで日本人選手団は虹色のマントが入場行進のユニフォームで、それは奇抜できれいで私は好きだったのだが、選手たちはどうしていいか分からない風情で、縮こまって歩いているので、まるでテルテル坊主の集団のようだった。<br />それに対して、イタリア人選手団はもうおおはしゃぎで、だれも整列しちゃいない。自分たちが世界中に注目されているというのに、それぞれ勝手に記念写真を撮りあったり、踊り歩き跳ね歩き、まるで幼稚園児の遠足状態。<br />あの日本人選手団の虹色マントをこいつらが着たら、さぞかし大喜びでますますパタパタと舞い踊り跳びはね、大変だろうな～、でもそのほうがきっとこの衣装は活きるよな～～、と思って見ていた。<br /><br />ま～、やんちゃ丸出しの彼らと実際につきあうとなると、根っからニッポンジンの私は疲れてうんざりしてしまうと予測するが、見ている分には楽しい連中である。<br /><br />イタレンジャーとともにイタリア語を楽しくオベンキョウして、早くイタリアに行ける日が来ますよ～に！<br /><br /><span style="font-size:x-small;"><span style="color:#FF00FF;">↓20年前にローマに行ったとき撮った虹と天使の写真！お気に入り。</span></span><br /><a href="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/romanangel.jpg" target="_blank"><img src="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/romanangel-thumbnail2.jpg" alt="romanangel.jpg" width="150" height="98" border="0" /></a><br /><br /><span style="font-size:x-small;"><span style="color:#FF00FF;">虹はかなり見事でした</span></span><br /><a href="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/rainbowinrome2.jpg" target="_blank"><img src="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/rainbowinrome2-thumbnail2.jpg" alt="rainbowinrome2.jpg" width="150" height="98" border="0" /></a>
]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=36301&amp;sid=ohyumiko&amp;tid=seesaa_hotspot&amp;k=%E8%B2%B7%E5%8F%96&amp;hid=35">
<link>http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=36301&amp;sid=ohyumiko&amp;tid=seesaa_hotspot&amp;k=%E8%B2%B7%E5%8F%96&amp;hid=35</link>
<title>オススメ・スポンサーサイト「買取」</title>
<description><![CDATA[
<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=36301&sid=ohyumiko&tid=seesaa_hotspot&k=%E8%8C%B6%E9%81%93%E5%85%B7%20%E8%B2%B7%E5%8F%96&hid=35">茶道具 買取</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=36301&sid=ohyumiko&tid=seesaa_hotspot&k=%E9%AA%A8%E8%91%A3%20%E5%93%81%20%E8%B2%B7%E5%8F%96&hid=35">骨董 品 買取</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=36301&sid=ohyumiko&tid=seesaa_hotspot&k=%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8E%20%E8%B2%B7%E5%8F%96&hid=35">ピアノ 買取</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=36301&sid=ohyumiko&tid=seesaa_hotspot&k=%E7%B5%B5%E7%94%BB%20%E8%B2%B7%E5%8F%96&hid=35">絵画 買取</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=36301&sid=ohyumiko&tid=seesaa_hotspot&k=%E9%AA%A8%E8%91%A3%E5%93%81%20%E8%B2%B7%E5%8F%96&hid=35">骨董品 買取</a>
]]></description>
<dc:date>2008-06-05T01:06:47+09:00</dc:date>
<dc:creator>ads by Seesaa</dc:creator>
</item>
<item rdf:about="http://ohyumiko.seesaa.net/article/99318567.html">
<link>http://ohyumiko.seesaa.net/article/99318567.html</link>
<title>ちっこい指揮者</title>
<description>東京は土曜日も雨、そして月曜日も雨でやたら寒くすらあったのに、日曜日だけはピーカンで暑かったのには、ワケがある。日曜日は東京近辺のサンバチームが大集結しての「エンコントロ・ジ・アルモニア」という一大イベントがあったのだ。サンビスタたちの文字通りの「能天気」パワーが数百人分も寄り集まれば、そこだけ夏になってしまうのも道理（か？）。その中でも特に強力であるに違いない、この欄でもしばしば言及しているDちゃんも当然その能天気パワーの先頭にいた。Dちゃんはここのところちょっと調子を崩し...</description>
<dc:subject>■日々つれづれ</dc:subject>
<dc:creator>おーゆみこ</dc:creator>
<dc:date>2008-06-04T13:38:12+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
東京は土曜日も雨、そして月曜日も雨でやたら寒くすらあったのに、日曜日だけはピーカンで暑かったのには、ワケがある。<br /><br />日曜日は東京近辺のサンバチームが大集結しての「エンコントロ・ジ・アルモニア」という一大イベントがあったのだ。<br />サンビスタたちの文字通りの「能天気」パワーが数百人分も寄り集まれば、そこだけ夏になってしまうのも道理（か？）。<br /><br />その中でも特に強力であるに違いない、この欄でもしばしば言及しているDちゃんも当然その能天気パワーの先頭にいた。<br />Dちゃんはここのところちょっと調子を崩し、しばらく野外のイベントに参加していなかったのだが、その不在がまたそのパワーを証明した。Dちゃんの参加しなかったBBQも、パレードも、見事に雨に降られたのである。まあ基本能天気の集まりなのでイベントが中止になるほどの雨ではなかったが、Dちゃんがいればいつだってピーカンだったことを思えばえらいこっちゃ。<br />そのDちゃんが復活して、やっぱりものの見事にピーカン、参加者はみんなあっというまに日焼けしまくる。<br /><br />いつもはダンサーばかりが目立つ（というかダンサーしかほとんど認識されない）サンバイベントだが、この日ばかりは、「サンバのエンジン」打楽器隊が主役。各チームの打楽器隊が集合すると数百人規模のものになるのである。<br />轟音。<br />しかもどのサンバチームも、昔に比べて格段に上手になっている。研究熱心で練習好きな日本人は、追求し始めたらトコトンいくらしい。比べたことがないから分からないが、世界で本場ブラジルの次にサンバがさかんでしかも上手なのはあるいは日本ではあるまいか。<br />だから数百人の打楽器隊であっても、まあ一糸乱れずとまではいかないが、それほどグジャグジャにもならず、なかなかに心地よい。<br /><br />その数百人の打楽器隊の指揮をするのが、まだ学生の女の子だった。昨年優勝した学生団体「ウニアン」のジレトール（打楽器隊指揮者）である。これがまた、学生で若いということをひきかえに見ても、「ちっちゃい女の子」なのだ。大学生なのだが、中学生かはたまた小学校高学年ぐらいにしか見えない背格好。<br />だが指揮ぶりは決然としているし、威厳すらある。そのちっちゃい女の子が、いかついオヤジどもも含まれた数百人を指揮するのである。<br />カッコエエ。<br />見ている人はそれだけで目を丸くするだろう。<br /><br />実はわがチームの指揮者も同じように「ちっちゃい女の子」である。ま、彼女の場合実はとっくの昔に三十路突入しており、ほんとは「ちっちゃいオバサン」かもしれないが、やっぱり中学生ぐらいに見られることも往々にしてあるようだ。ブラジルに行ったときはちっちゃい女の子どころか、ちっちゃい男の子に見えていたらしく、現地の12～3歳ぐらいの女の子に逆ナンパされかかっていたそうな(^_^;)。<br /><br />普通のイメージと違う存在がなにかやっているのは、それだけでほんとにカッコいい。ちっちゃいジレトールを見ながらなんとなく嬉しくなってしまったよ。<br /><br /><span style="color:#FF00CB;"><span style="font-size:x-small;">↓このちっちゃさ！　…よくよく写真を見ると、左奥の木のそばに、うちのチームの「ちっちゃい指揮者」の後ろ姿も（オレンジのＴシャツ）</span></span><br /><a href="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/diretor.JPG" target="_blank"><img src="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/diretor-thumbnail2.JPG" width="150" height="112" border="0" align="" alt="diretor.JPG" /></a><br /><br /><span style="color:#FF32CB;"><span style="font-size:x-small;">↓でもこんなオッサンたちを従えて…。それにしても見渡す限りの打楽器隊…。</span></span><br /><a href="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/surdos.JPG" target="_blank"><img src="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/surdos-thumbnail2.JPG" width="150" height="112" border="0" align="" alt="surdos.JPG" /></a><a name="more"></a>
]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://ohyumiko.seesaa.net/article/98414491.html">
<link>http://ohyumiko.seesaa.net/article/98414491.html</link>
<title>主導権とは｢場」の、そして｢自分の人生」の主導権</title>
<description>下のエントリにturuさんのコメントが入り、うーむ、やはりそうとられてしまうよな、と思いつつ（いや別に不快だとか誤解だとかではなく、ちょっと十分ではない伝え方だったかなと）、慌ててちょっとリヴァイズ（つか言い訳）を試みる私。はっ！ これが「人に振り回されて右往左往」状態？？でもまあ冷静に考えてみれば私にリーダー的願望がないとは言えない。というか立場上どうしても人の前に立ってしゃべったり（歌ったり！）する機会も多いので、そういうときには文字通りその場をコントロールする役割が自分...</description>
<dc:subject>■日々つれづれ</dc:subject>
<dc:creator>おーゆみこ</dc:creator>
<dc:date>2008-05-29T13:20:33+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
下のエントリにturuさんのコメントが入り、うーむ、やはりそうとられてしまうよな、と思いつつ（いや別に不快だとか誤解だとかではなく、ちょっと十分ではない伝え方だったかなと）、慌ててちょっとリヴァイズ（つか言い訳）を試みる私。<br /><span style="font-size:x-small;"><span style="color:#00CB98;">はっ！　これが「人に振り回されて右往左往」状態？？</span></span><br /><br />でもまあ冷静に考えてみれば私にリーダー的願望がないとは言えない。というか立場上どうしても人の前に立ってしゃべったり（歌ったり！）する機会も多いので、そういうときには文字通りその場をコントロールする役割が自分にそもそもあり、それがどうにも上手くいかないように思えて悩んでいるというのは真実だ。<br /><br />だが下のエントリでイメージしているのは、むしろ「陰のリーダー<span style="font-size:x-small;"><span style="color:#FF6500;">（裏番？？(^_^;)）</span></span>」状態。表だってその場を支配しているとかコントロールしているとか主導権を握っているとか誰も思いもしないのに、大勢としてはものごとを自分の望ましい方向に向けていくことができるし、他の人に支配されたり振り回されて右往左往はしないですむ…という。<br /><br />他人を自分の思うとおりに「変える」という意味でもない。他人の意志なり心なりはきちんと尊重してとりたてて干渉はしない。<br /><br />人を支配するのではなく、場を支配する、ということである。人に対しての主導権を握るのではなく、「場」にとっての主導権を持つ、という意味である。<br />つまり、「自分が自分の人生の主導権を握る」ということと言ってもいい。<br />だからそれ自体は｢リーダー願望」とはむすびつかない。<br />むしろ、表だってリーダーになりたくない人にこそ必要なことではないかと思う。<br />また逆に、むやみにリーダー的になりたがる（表だって人を支配したがる…そのことによって自分の満足を求める）タイプの人にとっても重要な教訓かもしれない。<br /><br />自分が流されず、自分が活きる、…「人のことをまず考える」ことこそが実は逆説的に、そのための最も有効な方法なのではないか、というのが主眼である。<br /><br /><span style="color:#FF00FF;"><span style="font-size:x-small;">無関係画像シリーズ　きょうはVOWネタだい。萌え系です。</span></span><br /><a href="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/BDBBB5EFCBA8.jpg" target="_blank"><img src="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/BDBBB5EFCBA8-thumbnail2.jpg" width="150" height="96" border="0" align="" alt="住居萌.jpg" /></a><a name="more"></a>
]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://ohyumiko.seesaa.net/article/98357978.html">
<link>http://ohyumiko.seesaa.net/article/98357978.html</link>
<title>”主導権を握る”コツ</title>
<description>ま、てなことでユルユルウダウダとしているわけであるが、とにかくまたなるべくひんぱんに書くことを再開したい…とは思っている。で、ユルまった頭をふりしぼって…というかカラカラとマラカスのように振り振りしてぼんやり考えているうち、ふと、それなりに「これは真理では」と思えることがポッと浮かんできた。「相手の望んでいること、したいことを読み取り、それをできる限り積極的に手助けすること…は、もしかするとその場のコントロール、主導権を"自分が"握るための秘訣では」ということである。まずはさ...</description>
<dc:subject>■極私的幸福論</dc:subject>
<dc:creator>おーゆみこ</dc:creator>
<dc:date>2008-05-29T01:09:49+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
ま、てなことでユルユルウダウダとしているわけであるが、とにかくまたなるべくひんぱんに書くことを再開したい…とは思っている。<br /><br />で、ユルまった頭をふりしぼって…というかカラカラとマラカスのように振り振りしてぼんやり考えているうち、ふと、それなりに「これは真理では」と思えることがポッと浮かんできた。<br /><br /><br />「相手の望んでいること、したいことを読み取り、それをできる限り積極的に手助けすること…は、もしかするとその場のコントロール、主導権を"自分が"握るための秘訣では」<br /><br />ということである。<br />まずはさしたる根拠もなく浮かんできたコンセプトにすぎないが。<br /><br />少し前にしきりに書いた、「呼吸を合わせる」ということと、その後に書いた「理想の自分を常にイメージする」ということとのあたりにいろいろ考えを巡らせていたら、それらが急に融合した。<br /><br />理想の自分、つまり、自分がありたい姿、そして自分がしたいこと…そういうことについてしっかりしたイメージがないままでは、相手に合わせるということがそのまま、ただ引きずられることになってしまう。<br />だがそれが確固としていれば、小さなことにいちいちとらわれることもなく、余裕を持って相手のことを「読む」こともできるだろう。<br /><br />言うまでもなく、たとえば勝負事でも、達人は相手の心を読むものだ。自分のことで頭がいっぱいではそうはいかない。<br /><br />それこそ合気道であれば、相手にそのまま攻撃もさせ、むしろその相手の力を利用して自分の力に変えていく。<br /><br />直接の勝負事ではない人間関係でも同じようなことは言えるのではないか。<br /><br />こちらが相手にとって（不自然ではなく）favorableな態度でいれば、相手もたぶん警戒心をゆるめ、つまりはこちらにとってはより「心の読みやすい」相手となる。<br />単純に考えても、自分を助けてくれた相手なら、必要なときにはお返しに手助けしてやりたいと思うのが人の情というものでもあろうし。<br />それに、自分の力を行使してそれができれば、自分にとっても相手にとっても、その力の意義や存在感が重みを増す。<br /><br />他にもたぶん様々な要素があると思うのだが、こんなことからもそこそこ推測できるだろう、<br />「相手のためにと考え行動することが、むしろ自分がその場をコントロールする力を持つことにつながる」<br />という、まあ未だ一種の「直観」として捉えている命題の「真」であることが。<br /><br />「我」をひっこめたり消したり、我を持つことに罪悪感を感じるのではなく、むしろしっかりした「我」を持った上で余裕を持って相手を見るのがいのだ。<br /><br />「その場の主導権を握りたいから」そんなふうに努める、ということ自体にも、たぶん罪悪感など感じる必要はない。<br />ちゃんと自覚を持った人間が主導権を握るのは別に誰にとっても悪いことではないのだ。<br /><br />よって、実践的な（？）戦略はこうなる。<br />「理想の自分、ありたい自分の姿をある程度は明確にイメージしそれを保持しつつも、人間関係においてはできるかぎり相手と呼吸を合わせ、積極的に相手の利になるように動いてやる」<br /><br />実践的にトライしてみる価値はありそうだが如何。<br /><span style="font-size:x-small;"><span style="color:#FF00FF;"><br />無関係写真シリーズ　上のようなことを考えながら歩いていたらふと見つけた、井の頭池近くの神田川にいたカルガモチルドレン。</span></span><br /><a href="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/karugamobabies.jpg" target="_blank"><img src="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/karugamobabies-thumbnail2.jpg" width="150" height="142" border="0" align="" alt="karugamobabies.jpg" /></a><a name="more"></a>
]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://ohyumiko.seesaa.net/article/98299108.html">
<link>http://ohyumiko.seesaa.net/article/98299108.html</link>
<title>スランプ？</title>
<description>なんだか気持ちが散漫な日々。日記に書きたいこととか、英語関連でまとめておきたいこととか、ないわけではないし、さして忙しいとかいうこともないのだが、なんとなく書きそびれてしまう。鬱、というわけでもまたない。なんだかダラランと平和な気分。やる気が出ない、というのともなんか違う気がする、が、まあそれが一番近いのだろうか。でもネガティブな気分ではなく、とりあえず「やらなければならないこと」が目の前にあればそれなりに機嫌良くやるのである。でも、それ以上は「ま、いっか」みたいな気分でダラ...</description>
<dc:subject>■日々つれづれ</dc:subject>
<dc:creator>おーゆみこ</dc:creator>
<dc:date>2008-05-28T15:16:26+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
なんだか気持ちが散漫な日々。<br />日記に書きたいこととか、英語関連でまとめておきたいこととか、ないわけではないし、さして忙しいとかいうこともないのだが、なんとなく書きそびれてしまう。<br /><br />鬱、というわけでもまたない。なんだかダラランと平和な気分。<br />やる気が出ない、というのともなんか違う気がする、が、まあそれが一番近いのだろうか。<br />でもネガティブな気分ではなく、とりあえず「やらなければならないこと」が目の前にあればそれなりに機嫌良くやるのである。<br />でも、それ以上は「ま、いっか」みたいな気分でダラけてしまう。<br />あ、「やらなければならないこと」も切羽詰まってないとやらないなあ…。歯医者に行かなきゃ、とか台所の大掃除しなくちゃ、とか、そういうのはやっぱり「まいっか」組になってしまう。<br /><br />その割に、またもやミシンで古くなった衣類をリフォームしたりとか、安く買った靴に細工して可愛くしてみたり、とかそういうことはなんだかけっこうせっせとやる。<br /><br />結局のところ、形而上的なこと（ってほど高級なことを考えたことはないような気もするが）を考えたりするのが面倒で、ただ日常を、ダラケ気味ふやけ気味に送っている、と。<br /><br />それがいいのか悪いのかよく分からん。<br />たまにはそういうときがあってもいいのかも、なんぞとも思うが（いや、たまにというよりけっこう今までも実はそんなんばっかりという説も）、やっぱりこれは本来の自分の求める姿ではないなあという焦りもちっとはある。<br /><br />日記もぱったり止まったままで、「最高の自分をイメージして云々」という話題について「長くなるので別項」と書いたまま終わってしまった。実はその続きを自分の日記ソフトには書いているのだが、読み返してみてもさっぱり面白くない。<br /><br />ん～、ようするに、簡単に言えば、｢書く」という行為についてスランプなのかも。で、それが自分なりにアイデンティティのような気もしているだけに、不安があるのかも<br />だらだら書くことにもそれなりにエネルギーがいるものなのだなあ、と改めて思ったり。書きたいことがないわけじゃないのに、それを文にするという行為に、我ながら意外なほどにエネルギー不足を感じる。<br />（ひょっとすると「ちりとてちん後遺症」かも。放映中に書きすぎてエネルギー使い果たした？？）<br /><br />てなことで、リハビリのつもりでまずはそういうよしなしごとを書いてみた。人生論とか幸福論とか大上段に構えるのに疲れているのかも…そういうときは日常のこまごまを書くのがいいのかも。<br />とりあえず書くという行為のしきいを低くしないとね。<a name="more"></a>
]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://ohyumiko.seesaa.net/article/95437843.html">
<link>http://ohyumiko.seesaa.net/article/95437843.html</link>
<title>時が単純に「癒す」のではない</title>
<description>ＧＷはなんか妙にヒマ。私自身は日曜と月曜がそもそも休みで、学校は「昭和の日」から１週間休みで、というわけで、２７日からベタに休みなのである。（非常勤で日給月給なので嬉しくも何ともない、それどころか来月末のやりくりに今から頭が痛い）。翻訳の仕事が入ってくるはずなのだが、先方の職場がやはり休みに入っており、その間にネットのメンテナンスが実施されているらしく、メールが送れないという。それで原稿が受け取れず、やはり仕事に取りかかれない。まあ懸案だった部屋の片付けとか本の整理とか、時間...</description>
<dc:subject>■日々つれづれ</dc:subject>
<dc:creator>おーゆみこ</dc:creator>
<dc:date>2008-05-02T22:07:44+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
ＧＷはなんか妙にヒマ。私自身は日曜と月曜がそもそも休みで、学校は「昭和の日」から１週間休みで、というわけで、２７日からベタに休みなのである。<br />（非常勤で日給月給なので嬉しくも何ともない、それどころか来月末のやりくりに今から頭が痛い）。<br />翻訳の仕事が入ってくるはずなのだが、先方の職場がやはり休みに入っており、その間にネットのメンテナンスが実施されているらしく、メールが送れないという。それで原稿が受け取れず、やはり仕事に取りかかれない。<br /><br />まあ懸案だった部屋の片付けとか本の整理とか、時間ができたらやろうと思っていたことをやっているが、そしてそれをやれる幸せをしみじみ噛みしめてはいるが、それでもやっぱり、「なんかないかな～」と思ってしまう。<br /><br />で、さっき、飲みに行きませんかという誘いがあって、二つ返事で飛びつく。近所の飲み屋だったが素晴らしく美味しいお酒とつまみに大満足。誘ってくれた人は、男厨という雑誌で特集されていたから是非来たかったのだというが、さすが取り上げられているだけのことはある。こういう店が近所にあるのは幸せ。その店については<a href="http://aikonoblog.cocolog-nifty.com/shallwe_drink/cat4594236/index.html">ここ</a><br /><br /><a name="more"></a>でも誘ってくれた人も妻子持ちだし、いつまでもいられるわけではない。他に声をかけた人も仕事がまだ終わらず遅くなるというので泣く泣く解散。<br />私自身は今日は、連れ合いも泊まりがけで仕事だとのことでさっき新幹線で山形に出かけていき、ますます「自由」なのである。<br /><br />…で、まだもう少し遊びたいな、と思って……ふと胸がうずく。<br />そう。こういうとき、ゆきちゃんの美華に行ったのだった。<br />美華は、基本的には楽しく生きているけれど、でもけっこう孤独を抱えている、…という人のためにあったような店だった。<br />妻（夫）子持ちも独身もワケありも、この店に来て思う存分リラックスしていたのだ。<br />来る人はみんな、陰を持っていた。暗い、のではなく、人を立体的にする陰。ただ光を当ててハレーションしてしまうのではなくて。<br /><br />なんてこったい、と思う。<br />失ってすぐに、こんなふうに「思い知らされる」なんてね。<br />…ゆきちゃん自身を含め、本質的に、どことはなしの孤独を抱え、その故に繋がることができた魂たちの居場所が、なくなってしまったことを。<br /><br />美華連、という名前で、美華の常連さんたちの集まりを少なくとも年に１回はもとう、ということになっていて、そのことはとてもとてもとてもありがたいのだが、でも、日常のちょっとした孤独を癒しに来れた美華はやっぱりもうないのだ。<br />失ったモノの大きさが、時間によって癒されるどころか、日に日に大きくさえなってしまう。<br /><br />そういえば…あまりに唐突な連想かもしれないが、かつてJR西日本であった大きな脱線事故の遺族も、時が経っても哀しみ苦しみは決して癒されず、むしろ苦しみは大きくなっている、とさえ調査結果は示しているという。<br />時がすべてを癒す、は真実ではないのだ。<br />でも、「時」によって、本質を見通す目は養われる。<br />そういうことの被害者や遺族には、時が経てば忘れるよ、という慰めではなく、時が経てば、本当のことが分かってくるよ、その本当のことにふさわしい行動や気持ちが生まれてくるよ、と言うべきなのであろう。それはたしかに、事故や事件の直後の混乱しきった感情とはまた別次元のことであり得るのだろう。<br /><br />…というのはやはりあまりに唐突に過ぎる述懐だったかもしれない。<br />でも、時が経ったらゆきちゃんのことなど忘れて、思い出しもしなくなる、というのではないのだ、と、私自身の今回のことに引きつけてはそう思う。<br />思い出すたび、なにかが深化しているのだ。<br /><br />…しかたがないのでおとなしく帰ってきてこんなよしなしごとを書き付けている酔眼の私である。
]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://ohyumiko.seesaa.net/article/95235670.html">
<link>http://ohyumiko.seesaa.net/article/95235670.html</link>
<title>理想の自分をイメージするという心理学</title>
<description>珍しく民放のテレビがまあまあ面白かった。先週始まったTBS(制作はMBS、つまり大阪ですね）「テッパン・ノート」というバラエティで、「明日使える心理学」というサブタイトルがついている。いろいろ人生に役立つ心理学知識を扱っていくというのだ。どうせ民放バラエティのことだから「科学的！」という触れ込みをあまり真に受けすぎないように見ようと思っているが、もともと「この手」の話は好きなので、それなりに面白く見られる。新聞のラテ欄で、「相手がパットを外せば自分の優勝が決まる場面で、タイガ...</description>
<dc:subject>■極私的幸福論</dc:subject>
<dc:creator>おーゆみこ</dc:creator>
<dc:date>2008-04-30T23:12:45+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
珍しく民放のテレビがまあまあ面白かった。先週始まったTBS(制作はMBS、つまり大阪ですね）<a href="http://www.tbs.co.jp/program/mbs_teppan_note.html" target="_blank">「テッパン・ノート」</a>というバラエティで、「明日使える心理学」というサブタイトルがついている。いろいろ人生に役立つ心理学知識を扱っていくというのだ。<br />どうせ民放バラエティのことだから「科学的！」という触れ込みをあまり真に受けすぎないように見ようと思っているが、もともと「この手」の話は好きなので、それなりに面白く見られる。<br /><br />新聞のラテ欄で、「相手がパットを外せば自分の優勝が決まる場面で、タイガー・ウッズは『入れ！』と念じた、それはなぜか？」という番宣があり、それに興味を引かれて録画しておいてみた。<br /><br /><a href="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/9cups.jpg" target="_blank"><img src="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/9cups-thumbnail2.jpg" width="51" height="88" border="0" align="" alt="9cups.jpg" /></a><br /><span style="color:#FF32FF;"><span style="font-size:x-small;">本文と関係なし画像シリーズ　かつて悩んでいた時期に同僚のカナダ人男性がタロットで占ってくれたときのキーカード。占い内容は非常にプロミッシングだったし…実際この聖杯の９は小アルカナでは最強らしい…カードも美しかったのでお借りして取り込んでおいたもの</span></span><br /><br /><a name="more"></a>利己的ではなく利他的な行動をする方が自分にいい結果になる、という話かと思ったのだが必ずしもそうではなく、まずひとつには、入るなと念じていたのに入ってしまったらガックリ来て、その後の自分のプレーに影響してしまう、だが入れと思っていれば実際に入ったとしても落ち込まずに実力を出せる、というのである。<br />これだけ聞くと、「な～んだ」という感じではある。<br />だがさらに説明があり、そのさらに基盤となるところで、<br />「最高の自分をイメージする」<br />ということが必要なのだという。<br />つまり、自分は世界最強なのだから、相手のミスによって勝つのではなく、最高の状態の相手と戦ってなお勝つべきだ、と思えというのだ。<br />タイガー・ウッズの父親はアメリカのグリーンベレー部隊の大佐で、その部隊でも使われているこの「心理学」を幼少時からタイガーにたたき込んだという。<br /><br />「いまいちな自分から抜け出すための心理学的秘訣はだれにでもできる簡単なものだった－－つまり、つねに理想の自分、最高の自分をイメージすること」<br />というのがこの番組のこのセクションでの結論である。<br />解説役として登場していた脳機能学者・心理学者の苫米地英人という先生の曰く、<br />「絶対にその理想を下げてはいけない」<br />「相手との競争は関係ない」<br /><br />この苫米地先生は、調べてみると洗脳とそれを解くことにおいて世界的に有名な方らしい。<br /><br />だから信じるというわけではないが、たぶんそれはアリなんだろうな、と思う。超自然的、神秘的な話ではなく、人がなにかを成し遂げるのはひたすら「モチベーション」の喚起とその維持高揚の賜物であろう。<br /><br />実際に一流といわれるアスリートやコンテストで優勝するアーチストなど、「競争」のまっただ中にいて結果を出す人々には、ライバルが強いほどワクワクする、と述べる人がたくさんいるように思う。<br />ライバルの不首尾や失敗を祈る心理は、ごく普通であるが、それゆえに「普通止まり」なのだ。たしかに、自分の力をこそ高めたい、順位云々はその結果に過ぎない、と健全に思える人なら、ライバルがコケて転がり込んできた優位などには価値は見いださないだろう。<br /><br />苫米地先生は、なりたい、こうありたいという自分の姿をしっかりイメージすることが大事だという。<br />たしかに、そういう理想を掲げているとき、目の前の失敗は大きなマイナスではない。たとえそのとき勝つことができなくても、問題ではない。ライバルが先に行ってくれればそれもまたいい。自分はさらに先を目指せる。そう思えばくじけたりパワーダウンしたりする必要もない。<br /><br />ちょっと興味を持って苫米地英人でネット検索をしてみたら、なかなか興味深いことがたくさん書かれてあった。<a href="http://archive.mag2.com/0000248324/20080311232821000.html" target="_blank">たとえばここ。</a><br /><br />でもこれらは結局、たくさんの人が主張し、私自身もずっと折に触れて書いてきたことと、本質的に同じである。苫米地先生の主張だって、別にいわゆる「科学的」かどうかといえばよく分からない。けれど、論理的にはよく分かる。<br /><br />以下は苫米地先生の言っていることの要約では必ずしもなく、私自身の解釈であるが…<br />人間が「現実」だと思っているもの、そして自分の自我とか自己とか思っているものも、実は、過去の経験や社会的枠組み（と自分が認識するもの）からの「推測」、つまりはそれらの投影でしかない。過去は確定した現実であっても（とはいえ、なおその「解釈」は固定したものではないから、過去も現実ではないのかも）、今この瞬間を含めた未来は、「認識の仕方」によって容易に変わりうるものなのである。<br />逆に言えば、私たちは認識に縛られて可能性を狭めている。<br />たとえば、あることが自分にとって不可能だ、と判断するのは、過去の経験からの推測に過ぎず、絶対のものではない。しかしたいがいの人はそこでチャレンジをやめてしまったり、あきらめ半分でパワーも出し切れなかったりする。<br />けれどそういう認識の手枷足枷をはずしたら、意外にも自分で思わぬ力が出たり、思わぬ助けが得られたり、あるいはなにか別のアプローチで実現できる道が見つかったりするのではないか。<br /><br />「あきらめなければ夢はかなう」<br />などという言い方がしばしばされ、しかしあまりに手垢がついてしまったが故に、それが揶揄される傾向も大である。<br />だがたぶんその言葉は真実なのである。<br />ただし注意深く吟味される必要はある。<br />冷や汗をかきながら、「あ、あ、あきらめないぞおお」と力んでいるだけではたぶんダメなのだ。<br /><br />この項、長くなりそうなので一旦中断。
]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://ohyumiko.seesaa.net/article/95116324.html">
<link>http://ohyumiko.seesaa.net/article/95116324.html</link>
<title>サンバ人は分かる！</title>
<description>日曜日には日比谷公園小音楽堂で、浅草エスコーラ・ジ・サンバ協会（AESA)主催のイベント。ブラジル移民の最初の船笠戸丸が彼の地に赴いたのが１９０８年、つまり今年は１００周年になる。それを記念してブラジル音楽やダンスのパフォーマンスをやろうということになったのだ。サンバだけではなく、ブラジル北東部の音楽フォホーとか、バイーアのサンバヘギとか、あるいは日系人が結成したロックバンドとか、様々なバンドやダンスグループが次々にパフォーマンスを繰り広げる。前日が雨で、当日の朝方もまだぐず...</description>
<dc:subject>■日々つれづれ</dc:subject>
<dc:creator>おーゆみこ</dc:creator>
<dc:date>2008-04-29T21:59:27+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
日曜日には日比谷公園小音楽堂で、浅草エスコーラ・ジ・サンバ協会（AESA)主催のイベント。<br />ブラジル移民の最初の船笠戸丸が彼の地に赴いたのが１９０８年、つまり今年は１００周年になる。それを記念してブラジル音楽やダンスのパフォーマンスをやろうということになったのだ。<br />サンバだけではなく、ブラジル北東部の音楽フォホーとか、バイーアのサンバヘギとか、あるいは日系人が結成したロックバンドとか、様々なバンドやダンスグループが次々にパフォーマンスを繰り広げる。<br /><br />前日が雨で、当日の朝方もまだぐずついていたが、イベントの始まる12時頃からは晴れてきて、さわやかな気候に。無料イベントだし、野外だし、ということで、ピクニック気分。気を利かせてジャイアンが持ってきたお酒やつまみの周りに仲間で陣取り、リラックスして楽しむ。<br /><br />実は私は出演者で、大トリの「ＡＥＳＡバンド」で歌うことになっている。浅草サンバカーニバルに参加する主要チームから、打楽器数人、歌手とダンサーがそれぞれ一人ずつピックアップされて参加するバンド。ソロじゃないから俄然気が楽。歌手は8人もいるし、前に出ることもないから、衣装もさして気合いを入れる必要もない。<br />てなことで、気楽にみんなでワイワイ。残念ながら前日のゆきちゃん追悼会で飲み過ぎて二日酔い気味でお酒は飲む気にならなかったが…。<br /><a name="more"></a>そして2時半からいよいよ出番。このステージで歌う曲は、サンバの世界では｢超」がつく有名曲なので知ってはいたが、自分のレパートリーとして歌ったことはなかったので歌詞を暗記しておらず、慌てて暗記しなければならなかったのがちょっと大変だったが、上にも書いたようにソロではないのでかなり気が楽で、まあ大体は覚えたということで安心してステージに上がれた。各チームの精鋭が集まったバンドなので演奏にも不安はなく、思い切り楽しむことができたし、お客さんも大盛り上がりで実に満足。<br />（早速翌日の<a href="http://www.asahi.com/life/update/0427/TKY200804270130.html" target="_blank">新聞にイベントのことが載っていた</a>が、サンバだけじゃなくていろいろパフォーマンスがあり、サンバの部分ももちろんダンサーだけじゃないのに、「約千人がダンサーの華麗なステップに酔いしれた」なんぞと書かれていて、あいかわらずながら苦笑。もちろん歌手の存在などカケラもない）<br /><br />＊＊＊<br />その後仲間と有楽町に移動、ガード下の焼鳥屋で飲み会。二日酔いからはだいぶ回復しているがいつもの調子では飲めない。とはいえ別に「そんなの関係ねえ」。みんなでワイワイやるのが好きなので、飲めなければソフトドリンクでもノープロブレム。<br />店の外…つまりは道ばたに出したテーブル（というかビールケースに板を載せたもの）で飲んでいるので、行き交う人々を眺めているのがまた面白い（もちろんこちらも「眺められて」いるわけだが。特に外人などは珍しがって写真を撮りたがる）。<br /><br />多くのチームが合同でやったイベントの後だけに、しばしば他のチームの人たちが通りかかる。そもそも知っている人もたくさんいるのだが、そうでなくても<br />「なんかサンバの人って分かるよね」<br />と隣に座ったＭ氏と言い合う。<br />自分が顔見知りではない人でも、<br />「ん？あれは、アヤシイ…」<br />とＭ氏と腕をつつきあっていると、案の定、我々の仲間のうちだれかが<br />「あ！○○さん！」<br />と声をかけている。あるいはもう一組同じところで飲んでいた「サンバの人たち」のところでひっかかったり、と、とにかく<br />「ん？あれは…」<br />と思った人たちについて百発百中に近い正解率。<br />私とＭ氏も互いに齟齬なく同じ人たちに反応しているので、どうも、「なにかある」らしい。サンバ的オーラというか？<br /><br />まあ、イベントの後だし、みな何人か仲間同士で歩いていて、なにやらやたらと楽しげにしている、ということだったのかもしれない。<br />とにかくなにか妙に「解放されている」オーラがあるというか。<br /><br />逆に年齢とか性別とか服装とかは、みんなばらばらである…こと自体が特徴とも言える。何人かで連れ立って歩いている人たちがやたらとそれぞれ多様なのだ。同質性がない、という共通した特徴？？があるのだ。<br /><br />いくらなんでもたとえばオフィスにいてもサンバ人は百発百中でそれと分かってしまう…なんてことはないだろうが（それでも全く分からないとは言えないはずだ…）、なんだかもはやサンバ人は日本の中にあって、いってみれば「外国人」的異彩を放ちがち、であるように思える。<br /><br />サンバをやっているうちにそうなってしまうのか、それとももともとそういう傾向がある人がサンバにはまるのか、ナゾではある。たぶんその両方なのだろうなあ。<br /><br />などとピープルウオッチングをしたり（されたり）しているうちに時間も経ち、昼間から飲んだくれている連中はさすがに疲れてきてお開き。<br /><br />でもってまたもや地元でジャイアンにおごってもらって、もちょっとだけ飲んで、満足して帰宅。佳き日なり。
]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://ohyumiko.seesaa.net/article/94973440.html">
<link>http://ohyumiko.seesaa.net/article/94973440.html</link>
<title>ゆきちゃん、さよなら（その２）</title>
<description>土曜日は「ゆきちゃん」を追悼する会があった。私は仕事があったのでずいぶん遅れていった。一応、会は午後６時から８時という案内で、私はどうしても８時近くになってしまうから間に合うだろうか、と思い、それでも「美華」の常連の集まりがそんな早く終わるはずはない、とも信じ、ともあれ仕事の後急いで駆けつける。案の定、終わる気配などさらさらなく、会場は人で満杯。追悼会の会場は、美華の下の階で営業しているカレー屋さんである。美華はゆきちゃん自身が所有しているビルの２階で営業していた。３階は家族...</description>
<dc:subject>■日々つれづれ</dc:subject>
<dc:creator>おーゆみこ</dc:creator>
<dc:date>2008-04-28T14:30:14+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
土曜日は<a href="http://ohyumiko.seesaa.net/article/92948716.html" target="_blank">「ゆきちゃん」</a>を追悼する会があった。<br /><br />私は仕事があったのでずいぶん遅れていった。一応、会は午後６時から８時という案内で、私はどうしても８時近くになってしまうから間に合うだろうか、と思い、それでも「美華」の常連の集まりがそんな早く終わるはずはない、とも信じ、ともあれ仕事の後急いで駆けつける。<br /><br />案の定、終わる気配などさらさらなく、会場は人で満杯。<br />追悼会の会場は、美華の下の階で営業しているカレー屋さんである。<br />美華はゆきちゃん自身が所有しているビルの２階で営業していた。３階は家族の住居で、昔は１階で美華を営業していたそうだが、今では１階は石垣島大好きなご夫婦による美味しいカレー屋さんになっている。ゆきちゃん自身がちゃんと面接して選んだ店子さんだから、ゆきちゃんとも仲良しで、カレー屋の営業が終わるとよくそこのマスターも美華に飲みに来ていた。<br />カレー屋でありながら泡盛も提供している、やっぱり変なお店である。<br /><br /><a href="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/bika.gif" target="_blank"><img src="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/bika-thumbnail2.gif" width="150" height="110" border="0" align="" alt="bika.gif" /></a><br /><span style="font-size:x-small;"><span style="color:#CB32FF;">↑ありし日の美華とゆきちゃんを描いた私のイラスト（いつ描いたか不明）</span></span><br /><br /><a href="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/040429C8FEB2DAB5D5B8F7.JPG" target="_blank"><img src="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/040429C8FEB2DAB5D5B8F7-thumbnail2.JPG" width="150" height="112" border="0" align="" alt="040429美華逆光.JPG" /></a><br /><span style="font-size:x-small;"><span style="color:#FF32FF;">その後写真を見つけたので追加。ある日の逆光の美華</span></span><br /><br /><a name="more"></a><a href="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/michan.gif" target="_blank"><img src="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/michan-thumbnail2.gif" width="150" height="119" border="0" align="" alt="michan.gif" </a><br /><span style="font-size:x-small;"><span style="color:#CB32FF;">↑ゆきちゃんの愛犬「みっちゃん」（サンバチームHPのコラムに掲載したイラスト）</span></span><br /><br /><a href="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/040429C8FEB2DAA4DFA4C3A4C1A4E3A4F3A3B2.JPG" target="_blank"><img src="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/040429C8FEB2DAA4DFA4C3A4C1A4E3A4F3A3B2-thumbnail2.JPG" width="112" height="150" border="0" align="" alt="040429美華みっちゃん２.JPG" /></a><br /><span style="font-size:x-small;"><span style="color:#FF32FF;">また写真を見つけたので追加。本物のみっちゃんとゆきちゃん</span></span><br /><br />もとの美華だった２階には、臨時の祭壇が設けられ、お焼香ができるようにしてあった。<br />美華はお店と言うより、ゆきちゃんの主宰するサロンみたいなものだった。だからそこの主が消えれば美華も消滅。名物だった大きなテーブルもすでに撤去されて、ほかに処分するものがゴミ袋に入れられて置いてある。がらんとしてしまった床に直接しつらえられた祭壇。<br />お通夜お葬式のときもそうだったが、遺影のゆきちゃんはなぜか笑っちゃうぐらい若かりし頃の姿。２５歳ぐらいの、結婚式の時の写真だという。だからそれを見ると、悲しいと言うより「ええ？だれこれ？何この写真？」とつい笑ってしまう。<br /><br />けれどあのテーブルもない、常連さんの中に数多くいたミュージシャンや俳優さんたちの関係のチラシとかが壁にたくさん貼ってあったのもない、勝手に自分でついで飲んで！というシステム（？）だった大きな紹興酒のカメも、ビールとチューハイのサーバーも、日本酒やワインが入っていた冷蔵庫もない。常連さんがしょっちゅうなにかしらもってくるものを入れていた業務用の冷凍庫もない。<br />こみあげる寂しさ。<br /><br />下の追悼会会場には、ちゃんとゆきちゃんの｢近影」の写真がある。みんなでゲラゲラ笑いながら、楽しく飲んでいても、ゆきちゃんの近影を見るに付け、やっぱり寂しい。<br /><br />これであの祭壇に近影が置かれていた日にゃ。みんな泣いてしまうだろうよ。だれの配慮か知らないが、しめっぽくなりすぎないようにという写真のチョイスなのかなと思う。<br /><br />美華の常連さんには、けっこう「有名人」が多い。彼らにとってのプライベートであるから、ここで名前は出さないが、そういう人たちも何人か来ていた。会の始まりのときに、某女性歌手Oさんと某ミュージシャンUさん、それにわが連れ合いが３人で「アメージング・グレース」を演奏し歌ったらしい（私は間に合わなかったが）。<br /><br />私も美華でライブをやったことがあるし、そうでなくても美華にくるたびに「何か歌ってよ」とゆきちゃんやその他常連の方々にけしかけられて、なんとなく毎回何かしら歌っていたので、ここでは私は歌手の端くれとして認識されているらしい。それであなたも是非歌ってくれということになり、「みあげてごらん夜の星を」を歌ったのだが、なんと簡単なはずの歌詞がどこかですっとび、隣にいたその歌手Oさんに助けてもらうみっともない有様。<br />それでも、歌い終わると、私の前に座っていた某女流詩人Sさん（今の若い人たちは知らないかもしれないが、詩に関心のある人ならたいがいは知っている「超」有名クラス）がものすごく感動してくれて私の手を取ってほめてくれる（彼女はもう８０歳近いのではないかと思われるが、私のライブにもかつて来てくれてとても喜んでくれたのである）。<br /><br />それがきっかけでまたもライブコーナー（？）風となり、某ものまね芸人Fさんと某ミュージシャンHさんとうちの連れ合いがなにやら即興でパフォーマンス。一同大爆笑である。<br /><br />そしてまたみんなこもごも談笑しながら飲みに飲む。有名人も無名人もない。特に名前を知らない人同士でも普通に話が弾む。<br /><br />だがふと気づくと、ゆきちゃんととくに仲が良かった某ミュージシャンUさんが、ゆきちゃんの近影写真を手に、目頭を押さえ、そしてこらえきれずに嗚咽している。<br />それを見たとたん私の目にも涙があふれる。<br /><br />ゆきちゃんが亡くなってもう２週間以上たち、家族でもなかった私は別に日々嘆いているわけではない。普通に、笑って楽しく暮らしている。<br />でもふと、ああ、もう美華はないんだ、という思いが、なんでもない瞬間にやってきて、ちょっと伏し目がちになる。<br />１年ぐらいご無沙汰していて、別に美華に行かなくても困ることはなにもなかった。<br />でもいざ「もうない」となると…。<br />今まで、あると思っていたから安心しきって、別に行かなくてもいいやと思っていたのだ。なくなって今更ながらに、ああ、もうない、行きたくても行けない、と思うとたまらない。<br />（わが連れ合いは私よりもさらに美華やゆきちゃんに世話になっているので、私よりもずっと痛手が大きいようで、ほぼ毎日のように「なんか思い返すとほんとにいろいろ世話になったんだよな…」とか「人の縁ってあるよね…」とか、同じことを繰り返し繰り返し述懐している）<br /><br />変な店だったよね、こんな店はもう二度とないよね、と私の隣にいた、だれだか知らないが(^_^;)常連さんのひとりがしみじみ言う。そうですよね…と私も言う。<br /><br />終了予定の８時なぞまったく大幅に過ぎてしまった１２時近く、そろそろ「中締め」（まだ「中」締め…）にしようということになり、一同、２階にあがって写真を撮ろうということになった。<br />懐かしい美華の、暖かい日はいつも気持ちよく明けはなっていたアコーティオン式窓を背にしてみんな陣取る。常連さん代表でWさんがスピーチする。美華はなくなるけれど、美華でできた人の輪は存続させていきたい、ちゃんと連絡先などをリストにして保管しておくから、また集まりましょう、という。それでこそゆきちゃんも喜ぶだろう、と。<br />私は泣けて仕方がない。ほかにも泣いている人が何人もいる。お通夜でもお葬式でも泣いていなかったが、やっぱりこの「美華」の場所での、美華との別れ、「美華のゆきちゃん」とのお別れがほんとのお別れなんだとみんな感じるのだろう。<br /><br />それでもみんな笑って写真に収まる。<br />Wさんはあしたの朝は８時集合だ、と言っている。いつもみんなで行っていたタケノコ掘りにやっぱり行くのだそうだ。<br />私は別のイベントがあるので行けなくて残念だが、ほんとうにそういうつながりをこれからもずっと保っていてくれたら嬉しいと思う。
]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://ohyumiko.seesaa.net/article/93563406.html">
<link>http://ohyumiko.seesaa.net/article/93563406.html</link>
<title>息を合わせれば我が押さえられていく</title>
<description>息を合わせる（まず自分の呼吸を整えることによって）ことを意識すると、不思議なことに、自意識の過剰さが薄れていく気がする。何度も書いているように、我ながら自意識過剰であることをもてあましている。まあ誰でも多かれ少なかれそういうところはあるのかもしれないが…。もう少しそれが押さえられればもっとラクになるのにとよく思う。「息を合わせる」ことは、当然ながら、あまりに我を張るとできないことである。息を合わせるために、我を張らないようにする…というより、息を合わせよう、つまり具体的には自...</description>
<dc:subject>■極私的幸福論</dc:subject>
<dc:creator>おーゆみこ</dc:creator>
<dc:date>2008-04-16T12:48:31+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
息を合わせる（まず自分の呼吸を整えることによって）ことを意識すると、不思議なことに、自意識の過剰さが薄れていく気がする。<br /><br />何度も書いているように、我ながら自意識過剰であることをもてあましている。まあ誰でも多かれ少なかれそういうところはあるのかもしれないが…。もう少しそれが押さえられればもっとラクになるのにとよく思う。<br /><br />「息を合わせる」ことは、当然ながら、あまりに我を張るとできないことである。<br />息を合わせるために、我を張らないようにする…というより、息を合わせよう、つまり具体的には自分の呼吸に意識を向けてみよう、とするとそれだけでなんとなく我が押さえられていく気がする。<br /><br /><a href="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/9singing-angel.jpeg" target="_blank"><img src="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/9singing-angel-thumbnail2.jpeg" width="150" height="100" border="0" align="" alt="9singing-angel.jpeg" /></a><br /><span style="font-size:x-small;"><span style="color:#FF32CB;">↑本文とは関係ないけど、なんとなく画像もオマケしてみたい気が。これからできるだけ入れていきます。</span></span><br /><br /><a name="more"></a>なにごとにつけ、意外に、｢形から入る」とか「具体的に動いてみる」というのが「効く」ことがある。<br />精神論や理念として行き着きたい境地があっても、精神をコントロールすることはむしろ難しい。<br />理念を持ち、そこにしっかりと目を向けつつ、なにか具体的な「行動」をする、というのが一般的によいパターンなのではないだろうか。<br /><br />それは別に私が初めて発見したことではなく、だからこそたとえば宗教などでもフィジカルな修行とかがあったりするわけだ。あるいは声に出してお経やお祈りの言葉を唱えるとか、手を合わせたり指を組んだりして祈るとか、お香を焚いて嗅覚を刺激するとか、そういうことも同じだろう。<br /><br />話を戻して、「呼吸と自意識」である。<br /><br />（１）我（自意識）を押さえて→息を合わせる<br />（２）息を合わせて→我を押さえる<br /><br />これは両方向ともあることなのだと思う。<br />だがたぶん、まずは（２）のほうが自分でコントロールしやすい。<br /><br />自分で自分の呼吸をしっかり意識してみただけで、ほんの少しではあるが、いつも自分が持っている「私が私が」的な意識が少し薄れてどうでもよくなってきた気がした。<br /><br />なにかのグループの中にいるときなど、どうしても心密かに、自分が目立ちたい、チヤホヤされたい、人より優れていると見られたい…みたいな意識を持ちがちなのだが、そしてさすがにそれが全くなくなったとは言わないが、「そうでなくても（ちやほやされなくても）大丈夫」感がちょっとしっかりしてきたように感じるのである。<br /><br />我を押さえ、他と協調して、つまり「息を合わせて」いくと、結果として自分もしっかりと「生きる」ことができるのだと思える。<br />我を押さえて他と協調するから、自分が埋没してしまう…のではないのだ。むしろそれでこそ自分がもっと輝けるのではないだろうか。<br />そう信じられる。<br /><br />とりあえずは、ちょっと気持ちが乱れたり不調和を感じたときに、「呼吸！」と意識してみる、ところから試してみたい。
]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://ohyumiko.seesaa.net/article/93441439.html">
<link>http://ohyumiko.seesaa.net/article/93441439.html</link>
<title>合気道？</title>
<description>で、金曜日に書いた「息を合わせる」を、できる限り意識して実践しようと思っている。その結果、やっぱりこのことは本当に重要だし、「効く」と確信を深めている。だがもちろん、その境地に簡単に至れるわけではない。ただ感触として思い始めたこと、分かってきた（らしい）ことはある。↑本文と関係ありませんが、癒されてください。「脱力」の象徴？(葛西臨海水族館のクラゲ）</description>
<dc:subject>■極私的幸福論</dc:subject>
<dc:creator>おーゆみこ</dc:creator>
<dc:date>2008-04-15T10:44:00+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
で、金曜日に書いた「息を合わせる」を、できる限り意識して実践しようと思っている。<br /><br />その結果、やっぱりこのことは本当に重要だし、「効く」と確信を深めている。<br />だがもちろん、その境地に簡単に至れるわけではない。<br /><br />ただ感触として思い始めたこと、分かってきた（らしい）ことはある。<br /><br /><a href="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/Copy(00001)V4010023.jpg" target="_blank"><img src="http://ohyumiko.up.seesaa.net/image/Copy(00001)V4010023-thumbnail2.jpg" width="84" height="112" border="0" align="" alt="Copy(00001)V4010023.jpg" /></a><br /><span style="font-size:x-small;"><span style="color:#FF00FF;">↑本文と関係ありませんが、癒されてください。「脱力」の象徴？(葛西臨海水族館のクラゲ）</span></span><br /><br /><a name="more"></a>だれかと息を合わせよう！とリキんだからといって合うわけではない（なんにせよ、リキむとむしろダメである）、むしろ自分自身の呼吸を安定させることだけをまず考えたらいいのではないか、ということである。<br /><br />達人になってくれば、他人の気も「読める」ようになり、自在によりそうことができるようになるのかもしれないが、そんなことが一朝一夕にしてできるとはさすがに思えない。<br /><br />きのうも打楽器隊の練習中、「そうだ息を合わせなければ」と思い出すたび呼吸を意識してみたが、たいがいの場合、力みすぎていると呼吸を忘れている。おそらく浅く早い呼吸になっているのだろう。<br />気がつくたびに、深く呼吸するようにしてみた。というか、「息を合わせよう」とするとまず自分の呼吸を整えるしかない。でも、深い呼吸を思い出すと、それだけですっと落ち着きを取り戻せる。<br />別に激しく緊張しているとかいうわけではなかったと思うが、ともすると力んだり舞い上がったりしているのだ。<br />呼吸を意識し、ゆっくりにして落ち着きを取り戻すと、いろいろと余裕が出てくる。他の人の音も良く聞こえてくるしね。<br /><br />そこで初めて「息を合わせる」ということが可能になるのである。というより、そうすれば自然に、その場にふさわしいリズム・グルーブに自分が寄り添っていき、かつ、自分も乱されることがない、という状態になれると思う。<br /><br />「合わせなければ」<br />と思ってはいけないのだ。かえって緊張が生まれてしまう。まず自分自身がゆったりと落ち着くこと。<br />緊張していると、自在に動くことができにくくなる。予測された一定の動きなら緊張している方が素早く反応できるかもしれないが（短距離走のスタートとか）、そうでない場合は、力を抜いているほうがぱっと臨機応変に対応して次の行動に移りやすい。<br />相手の息に対して「そうきたか」と余裕を持っていられれば、合わせていくこともできるだろう。逆に、相手が乱れていてもそれにつられて自分が乱れるようなこともない。<br /><br />そういえば「合気道」なる武術もあったっけ、と思って<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%88%E6%B0%97%E9%81%93" target="_blank">wikpediaで調べてみたら</a>、いろいろ成り立ちや理念が紹介されていたが、その中にこんな一節が。<br />「通常考えられるような腕力や筋力の使用は、逆に体に無用の緊張を生じさせてスムーズな呼吸力や合気の発揮を妨げ、相手の抵抗を招くとして戒められる。このため『脱力』ということが特に推奨される」<br /><br />なるほどなるほど。やっぱりね。このことは合気道とか武術のみならず、「宇宙の真理」であろうなあ、と思いながらさらに読んでみると、創始者の理念という項目中にはこんな一節も。<br />「武術をベースにしながらも、理念的には力による争いや勝ち負けを否定し、合気道の技を通して敵との対立を解消し、自然宇宙との『和合』『万有愛護』を実現するような境地に至ることを理想としている」<br /><br />ううむ。限りなく共感してしまう。<br />そういえば朝ドラ「まんてん」でも主人公が下宿する先は合気道道場で、女性師範とともに主人公も合気道をやる設定だったなあ。<br />私も合気道習おうかな…？
]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
</rdf:RDF>
